テキスト:三木邦洋
撮影:谷川慶典
2年目の開催を今週末に控えた『TOKYO DANCE MUSIC EVENT』(TDME)。ダンスミュージックにまつわるビジネスカンファレンスと楽曲制作者向けのワークショップ、そして国内外のアーティストによるライブイベントのこれら3つのセクションで、約100のプログラムが3日間にわたって展開される。
ダンスミュージックやクラブカルチャーの市場規模が欧米やアジアの一部の国々と比べると小さい日本では、「ダンスミュージックについてまじめに考える」TDMEのようなイベントを開催する意義は、まだ一般的には伝わりにくい部分がある。しかし、2016年の風営法の改正などによってナイトタイムエコノミーが市場として大きな可能性を持つようになった今は、そのポテンシャルをいかに引き出せるかが試されている時期であり、商機をうかがう視線は海外からも多く注がれている。
「初開催の後、国内外の業界関係者から登壇したいという問い合わせが数百件集まりました」。そう話すのは、TDME実行委員長、ソニー・ミュージックエンタテインメントのローレン・ローズ・コーカー(Lauren Rose Kocher)。
「TDMEのカンファレンスは同時通訳を用意していますので、日本語を話せなくても日本人に向けてビジネスの話ができる。または、日本のアーティストや音楽関係者が、来場している海外の関係者と直接話すことができる。ライブパフォーマンス以外の場面に参加したいと思っている人が、たくさんいるんです。これでもかなり数を絞ったのですが、今年はカンファレンスの数がとても多い」。
昨年はカンファレンスやワークショップを複数の会場で行っていたが、今年はヒカリエのホールAとBにすべてを集約させた。「同じフロアですべてのプログラムを行います。ワークショップなどに参加する学生や若いプロデューサーたちはビジネストークも見たいだろうし、音楽業界の方たちは若いクリエイターに会いたいでしょう。そのために、より一体感のある会場にしたかった」。
『TOKYO DANCE MUSIC EVENT』実行委員長 ローレン・ローズ・コーカー
TDME開催の背景であり、ローレンが理想形としているのが、オランダの『Amsterdam Dance Event』(ADE)だ。「ADEは今年の開催で22回目を迎えたイベントで、参加者のなかには1日に15コマもパネルやミーティングを回る人もいるんです(笑)。音楽関係者と一般客の境界が無くて、フレンドリーでオープンな雰囲気がある。TDMEも、ADEのように渋谷の街全体で盛り上がるようにしていきたいですね」。
TDMEのプログラムは、メジャーとアンダーグラウンドが交差している点が面白い。例えば、カンファレンス『メジャーレーベルから見る:ストリーミング・サービスに対する取り組み・企画』では、ユニバーサルミュージック、ソニー・ミュージックレーベルズ、エイベックス・エンタテインメントというメジャーを代表する3社から3人の登壇者が集まる。
一方で、同日同会場で行われる『日本におけるフェスティバルとダンスミュージック・カルチャーの関係』では、エレクトロニックミュージックのウェブマガジンResident Advisorの東アジアのコントリビューターTobias Burgersと、『Rainbow Disco Club』のプロデューサー土谷正洋、『Labyrinth』のオーガナイズチームのひとりであるSOという、アンダーグラウンドなクラブシーンの最前線にいる3人を集め、フェスティバルの独自性やシーンへの影響についてのトークセッションを展開する。ライブイベントも、Mr. TiesやPatten、Colleen 'Cosmo' Murphyなど音楽通に響くDJたちが出演するイベントだけでなく、オランダ発祥の最大手EDMレーベル、SPINNIN’ RECORDSのオフィシャルイベント『SPINNIN’ SESSIONS at TDME』というビッグコンテンツも用意している。
「TDMEの実行委員会には、様々なスタッフがいますが、中心は(コーカーを含め)ソニーミュージックグループの人々。でも、ダンスミュージックのシーンには、クラブがあってDJがいて、レーベルがいて、フェスもあって…と、色々なプレーヤーがいます。そのバランスをとりながら、皆さんが参加するべきだと考えるイベントになることを目指しています。
日本では、クラブはクラブ、EDMはEDM、アンダーグラウンドはアンダーグラウンドで、ファン層も別々。クロスオーバーしない風潮がありますよね。でもクロスオーバーが活発でないことで、苦労することも多いです。マーケットを成長させるには、日本国内でピンポイントでウケるものではなくて、同じ趣向の世界中の人たちをターゲットにしていく必要があります。そのために、TDMEを様々なプレーヤーが交わるプラットフォームにしたいんです」。
国内の才能を海外に発信する取り組みもある。「これからは、日本のDJやアーティストたちが、国内のイベントだけじゃなくアジアやヨーロッパへ出て行けるチャンスを、TDMEが作って行きたい。去年はToolroom Records(イギリスの音楽レーベル)のアカデミーで、受講生たちからデモテープを集めたのですが、今年はそこから選ばれた1作品がToolroom Recordsからリリースされます。日本の才能あるアーティストの助けになるようなイベントにしていきたいですね」。
TDMEのカンファレンスではもうひとつ、テクノロジーにエンターテインメントや音楽を絡めたテーマも、目玉になりそうだ。
「カンファレンスに登壇するベンジ・ロジャースは、dotBlockchain Mediaというブロックチェーンを使った音楽フォーマットを開発している人。今、私たちはMP3というフォーマットを使っていますが、音楽の聴き方はどんどん新しくなっています。dotBlockchainは、著作権からクレジットなどすべての情報が曲のデータのなかにあって、複製ができないようになっている。複製データが勝手にアップロードされたり無許可で使用される恐れもないし、アーティストへの配分漏れもなくなる。収益のロスが無くなる。それは、すごく大きいことだと思っています。音楽データに広告を乗せたりなど、ストリーミングの経済的な可能性を考えるなら、それに合ったメディアについて考えていくべきだと思います。今回は、VALUの代表の小川晃平さんが出るカンファレンスもあります」。
アメリカ シカゴ出身のローレンの目には、日本の音楽業界はまだまだ閉じたものに映っているという。しかし、TDMEを開催する意義もそこにある。
「去年の開催後にあった問い合わせの半分以上が、海外から。海外のメディアがたくさん入っていたので、検索するとTDMEについて書いた英語記事がかなり出てきますよ。日本でツアーをしたいけどどうやったらコネクションを作れるのかとか、みんな窓口を探しているんですよ。日本の音楽マーケットは世界で2番目に大きいですから。でも日本にはそれが用意されていないから、そういう意味ではまだ閉じてますよね。TDMEはバイリンガルのイベントとして、その窓口としても機能していきたいです」