Gert Weigelt
Gert Weigelt

インタビュー:マーティン・シュレップァー

モノトーンの白鳥の湖で表現される、現代人の心理

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テキスト:高橋彩子

ドイツのデュッセルドルフとデュースブルクに拠点を置くバレエ団「バレエ・アム・ライン」が今秋、初来日する。上演するのは、2009年から芸術監督を務めるマーティン・シュレップァーが昨年振り付けを行い、ドイツで高い評価を得た『白鳥の湖』。古典的な『白鳥の湖』と違い、本作にはおとぎ話の夢々しさや物々しさは皆無で、モノトーンのシンプルな世界が特長だ。2020年からはパリ・オペラ座エトワールのマニュエル・ルグリの後任としてウィーン国立バレエ団芸術監督に就任する彼に、『白鳥の湖』について聞いた。

ーシュレップァーさんは2009年にバレエ・アム・ラインの芸術監督に就任し、今年でちょうど10年ですね。

エイリヒ・ヴァルター、ハインツ・シュペルリ、ユーリ・バモスなど錚々(そうそう)たる顔ぶれが歴代の芸術監督に名前を連ねてきたバレエ・アム・ラインは、私が就任する以前から成功を収めているバレエ団でした。私は作品の方向性をそれまでよりも抽象的なものにしましたが、カンパニーの規模自体はさほど変わっていません。

私が大きく変えたことといえば、アーティスティックな条件・状況でしょう。具体的に言えば、スタジオが5つ入った3000平方メートルのバレエハウスを作りました。これは、私が芸術監督の任期を延長する際に出した条件で、デュッセルドルフの街が資金を出し、3年ほど前に完成したものです。

ーその施設ができたことには、どんな効用がありましたか?

バレエハウスができてから、舞台と同じサイズでリハーサルしたり複数の作品を並行して稽古したりといったことが可能になりましたし、マッサージや治療などの設備やサウナ、静かに過ごせる部屋、キッチンなどもでき、オフィスにも十分なスペースが取れるようになりました。

例えばハンブルク・バレエには、ジョン・ノイマイヤーの尽力により同様の施設がありますが、彼が作ったのはダンスブームだった1970〜80年代。それを、文化のためにお金を使うことが難しくなっている昨今にあって実現できたことはとてもうれしく、サポートに対して感謝しています。

皆が輝かしい仕事をした結果、私が着任してからの5年間で売り上げや認知度が飛躍的に伸び、そのことが市の投資に結び付いたという意味では、チーム全体の功績だといえるでしょう。

きっかけは小澤征爾の音源

ー今回の『白鳥の湖』は、バレエ・アム・ラインにおけるシュレップァーさんの作品の中で最も大きな成功を収めた作品だと聞いています。創作の経緯を教えてください。

この作品は私にとって、かなり前に振り付けた『火の鳥』以来の物語バレエになります。私はこれまで、マーラー、ブラームス、リゲティ、細川俊夫など、ダンス音楽ではない曲を作品化してきましたが、この辺りで、大規模な古典バレエを題材にしたいと考えました。

初めは『眠れる森の美女』のほうが私の好きな抽象的な表現ができそうだと思ったのですが、人間の心理や関係を描くならやはり『白鳥の湖』だろうか……と迷っていた時、小澤征爾さんの(ボストン交響楽団との)録音を聴いて、これだ!と思いました。

現在広く上演されている『白鳥の湖』は、例えばチャイコフスキーが1幕のために書いた曲を3幕のオディールの曲として使うなど、大きく改変されているのですが、小澤さんの音源は原譜に忠実な構成で、しかも軽やかでスピーディーで、これならダンスにできるだろうと直感したのです。 

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初演台本に立ち返りつつ、現代的に

ー今回上演される『白鳥の湖』も、チャイコフスキーの原譜通りということですか?

カットはしていますが、基本的にはチャイコフスキーの指示するテンポ、曲順になっています。そして演出も、彼が作曲した際に依拠した初演台本にのっとったものとなっています。

『白鳥の湖』を新しく上演する際によくあるのが、1幕と3幕を新たに振り付けて、有名な2幕は既に成功を収めているプティパ=イワノフ振付で上演するパターンですが、私は新作として作る以上、彼らのコピーは避けたかったのです。

この初演台本については、複雑になり過ぎるので今ここで全ては説明しませんが、オデットの祖父や、継母といった、現行のバレエには登場しない人物たちが出てきます。今のバレエではロットバルトが悪の権化として描かれますが、本来の台本では、諸悪の根源はオデットの父が再婚した女性、つまりオデットの継母となる魔女であり、彼女がオデットを殺そうとしたところをオデットの祖父が湖にかくまったのです。ロットバルトはその魔女の手下に過ぎません。

ー映像で拝見しただけですが、衣装も髪型もかなりシンプルかつ現代的で、モノトーンに近い印象を受けました。おじいさんはおじいさんらしく、といった分かりやすい形ではなく、あえて均質な雰囲気にした理由は何でしょうか?

おじいさんらしい衣裳を着せ、おじいさんらしく動かすといった表現には、あまり興味がないのです。それでも生で観ていただけば、どのキャラクターがどんな役割なのかは明白だと思います。衣裳に関して言うと、一般的には、2幕でジークフリート王子が湖で出会うオデットたちを白鳥の衣裳にする演出が多いですが、私のバージョンでは、日中が白鳥で、夜になると女性の姿に戻るという設定に従い、彼女たちは普通の女性の格好をし、裸足にしました。

一方、1幕と3幕の舞台は王宮なので、登場人物たちにはトウシューズを履かせ、アカデミックな形で王宮での規範を表現しています。ちなみに私はトウシューズを、ロマンティックな表現とは無関係な、女性を強くするものとして捉えています。

そこにある心理が本物であること

ーシュレップァーさんの振り付けはスピーディーで、体を右に振ったかと思うと次は左に……と非常に目まぐるしく展開するので、体幹が強靭(きょうじん)でないとこなせないのではないかと感じます。ダンサーにはどのようなことを求めていますか?

最近ではそんなに時間が取れなくなってきていますが、カンパニーのレッスンは、できる限り私自身が見るようにしています。私のレッスンはダンサーに高い要求をするもので、やり方は独特かもしれませんが、そんなに奇抜ではなく、例えば音楽的なダイナミクスに合わせて身体を素早く激しく動かすといった訓練をします。

振り付けの特徴としては、調和よりも抵抗や衝突を重視する傾向にあるかもしれません。そのほうがドラマがあって面白いと思うのです。ヨーロッパ人ですから(笑)。

ー抵抗や衝突を重視する理由には、現代社会にそれが多く見られるから、ということもあるのでしょうか?

実際、人生は衝突の連続ですよね。調和を得るためにも衝突は必要ですし、例えば人と人との出会いだって一つのアクションであり衝突ですし。でも、私にとってはそういうことよりも、人間と人間……男と男、男と女の間で、心理的に何が起きるのか、白から黒までの距離がどうなっているのかを描くことが重要でした。

『白鳥の湖』で言うなら、例えばジークフリート王子と母親の関係。王子はまだ結婚したくないけれど、しなければならない。それを強く命令してくる母親がいれば当然、美しいだけの場面で終わるはずはなく、衝突は避けられません。

ーなるほど。メルヘンな昔話を見るのではなく、現代社会に通じる心理やパワーバランスを、踊りを通して味わうことができそうですね。

その通りです。過去ばかり振り返っていても意味がありません。とはいえ、この作品にはメルヘンとしての側面もありますから、舞台を大都市に設定するようなことはしませんでした。

説明し過ぎず、観客の想像の余地を残している私の作品は、もしかしたら厳密にはストーリーというより詩に近い印象を与えるかもしれませんが、そもそも古典の『白鳥の湖』だって、ストーリーとしてうまくできているわけではないですよね。20分以上も筋とは関係ないダンスが続いたりするわけですから。

人はストーリーがあるとダンスを理解した気になりやすいけれど、実際のところはどうなのでしょうか? 私が現代の振付家として何よりも重きを置いたのは、そこにある心理が本物であること、現代の私たちが共感できるようなものであることなのです。

高橋彩子
舞踊・演劇ライター。現代劇、伝統芸能、バレエ・ダンス、 ミュージカル、オペラなどを中心に取材。「エル・ジャポン」「AERA」「ぴあ」「The Japan Times」や、各種公演パンフレットなどに執筆している。年間観劇数250本以上。第10回日本ダンス評論賞第一席。現在、ウェブマガジン「ONTOMO」で聴覚面から舞台を紹介する「耳から“観る”舞台」、エンタメ特化型情報メディア「SPICE」で「もっと文楽!〜文楽技芸員インタビュー〜を連載中。

 http://blog.goo.ne.jp/pluiedete

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