「ケースがはばたく日」
Photo: Kisa Toyoshima(L-R) Kees Momma and ‘A Place Like Home’ director Monique Nolte
Photo: Kisa Toyoshima

57歳自閉症者でも自立できる、オランダのドキュメンタリー映画が日本初公開

「ケースがはばたく日」、監督と主演へインタビュー

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欧州連合(EU)加盟国の在日大使館・文化機関が提供する作品を一堂に上映する映画祭「EUフィルムデーズ 2023」が2023年6月2日からスタートした。オランダからは自閉症の50代男性であるケース・モッマを主人公に、両親から親離れし自立していく過程を、時にユーモラスに、時に赤裸々に追ったドキュメンタリー映画「ケースがはばたく日」が日本初公開される。

「ケースがはばたく日」
©Doclines'A Place Like Home'

作品は東京、京都、福岡、広島の4会場を巡回。東京会場は京橋にある「国立映画アーカイブ」で6月22日(木)に上映する。同日はケースを主人公に描いた「ケースのためにできること」(2014年公開)も同時上映。同作は「ケースがはばたく日」​​の前日譚(たん)で、ケースの将来を案じる80歳と83歳の両親が息子のために献身する姿を描いたドキュメンタリー作品だ。オランダでは、300万人以上が観賞し、「the 5 years 2Doc prize(オランダ最大のドキュメンタリー部門)」の最優秀ドキュメンタリー賞を獲得した大ヒット作品である。

同作をどんな視点で観るとより楽しめるのか。監督のモニーク・ノルテと主人公であるケースにインタビューした。障がいがある人がいる家族に横たわる課題と不安、そして深い愛。それらのために起きた変化は、高齢大国である日本でこそ参考にすべきことだろう。また、自閉症やそのほかの障がいについて回るタブー、差別や偏見、恥辱を打ち破るために、日本が新たな解決策を模索する際に、彼らの洞察がどのように役立つのかについて話してくれた。

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自閉症者はどうやって人間関係を維持するのか

ーこの「ケース」シリーズが誕生した経緯を教えてください。

モニーク・ノルテ(以降モニーク):私がケースとその家族に出会ったのは1997年のことです。「若者と周辺の関係性」というお題が設けられた若手監督のためのドキュメンタリープロジェクトに参加した時でした。

私は、自閉症を抱えた人はどうやって人間関係や友人関係を維持するのかというトピックに興味を持ち、調べていた中で、彼が自身の自閉症生活についてつづった本にたどり着きました。

ケース(当時32歳)に初めて会ったとき、私が探し求めていた映画の被写体だと直感しました。純粋で自然体だけど、知的な人柄に衝撃を受けたのをよく覚えています。その上、彼は障がいのせいで、自分の人生に何が欠けているのかを十分に自覚しており、それは悲劇的であると同時に彼を興味深い存在にしていたのです。

1998年に、ケースが母親のサポートによって、脅威となる世界で生き抜く様子を描いたミニドキュメンタリー映画「トレインマン」を公開しました。これが今日まで26年間続く友情の始まりとなります。

その後も私たちは長らく友好関係を維持。年月がたつにつれ、彼はサポートしてくれる両親、特に母を失うことへの恐怖が年々強くなっていると、手紙などのやりとりの中で書いてきました。これは何か作品にできるのではないかと私は考え、「トレインマン」から10年後、「ケースのためにできること」を撮り始めたのです。

その理由は、ケースの父親がほかの自閉症の人たちと一緒にケースが暮らせる共同住宅プロジェクトを立ち上げ、息子の将来に明るい展望を作ろうと模索していたからです。ケースはその展望に憧れはあるが、母親のいない生活が怖い。母親は息子を手放したくない。そのため父は妻に反対され、邪魔されるというジレンマに陥っていました。7年間におよぶ撮影の後、同作を発表し、大きな評価を得ました。 

「ケースがはばたく日」のきっかけになったのは、​​「ケースのためにできること」を観た人がモッマ夫妻とケースの住んでいるエリアに家を買い、ケースの父親に賃貸での提供を持ちかけたことです。このことは、ケースの自立と自活に「引っ越し」という具体案を提示しました。同時に、両親は80歳を迎え、母は認知症を患い、代わりにケースをケアしてくれる人も見つけておかなければなりませんでした。

しかし、ケース自身は多くの固定観念、不安、強迫観念に苛まれており、他人との関係性を築くことは簡単ではない。そうした状況の中で、いかに自立を進めるかが同作で描かれていることです。

「ケースがはばたく日」は2023年4月にオランダで公開。ある程度のまとまりとして区切りをつけていますが、ケースが一人立ちする経緯はその後も撮影を続けており、来年公開予定の続編では、ついに自立を果たした姿が描かれる予定です。

自分が作った美しいもので人々を喜ばせていると実感

ー同シリーズを公開したことによって、自身や家族の中に起こった変化はありますか?

ケース・モッマ(以降ケース):映像作品になったことで、暗に私は勇気付けられました。親元から離れなければという意識が強くなり、良い意味で両親との距離感ができたのです。

モニーク:前作の大ヒットによって、ケースはオランダでちょっとした有名人になりました。開設したFacebookページのフォロワーは現在10万人以上です。これは自活にも良い影響を与えています。ケースは才能あるアーティストであり、ドローイングが得意です。そこで、前作が公開された2014年に「ケースに描いてほしい我が家」をFacebookで募ったところ、約1000人のウェイティングリストができるほどオファーがありました。彼は現在、毎月一軒を描きあげ、収入を得ているのです。

「ケースのためにできること」が公開されて以来、毎日のようにリクエストを頂いており、9年たった今でもウェイティングリストは増え続けています。

ケース:自分が作れる美しいものによって人々を喜ばせていると実感し、その状態が私自身と多くの人々をつないでいるのです。この好循環をこれからも続けていきたいと思っています。

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音、光、熱などの外的刺激がフィルターなしで届く世界

ーこの「ケースがはばたく日」は、障がいのある人とその家族の日常を鮮明かつ情感豊かに理解するのに最適なサンプルだと感じました。お2人はどんな風に自閉症を理解してほしいですか?

モニーク:ケースは一般的に困難な人生を送っています。音、光、熱、冷たさなどの刺激がフィルターなしで届くので、彼にとって世界は脅威に映る。これは、自閉症の人々の脳内での情報処理方法が異なるからです。例えば自閉症でない人の場合、感覚を通して入ってくる情報は全て自動的にフィルターにかけられますが、自閉症の人はこれが起こらない。そのため、感覚が過剰に刺激されることになるのです。

また、他人と接するときの「社会的アンテナ」があまり発達しておらず、それが本人や環境に問題を起こすことがあります。制限的、反復的、または定型的な行動パターンも特徴的です。

ケース:自閉症という状態をより正確に理解してもらうことで、生活の中で発生するトラブルが減ることを願っています。

私は外的刺激、特に音に対して敏感に反応してしまいます。大きければ大きいほどパニックになる。その経緯は表情など目には見えません。自閉症でない人にとっては、突如原因もなくパニックになっているように見えるようですが、そうではないのです。

音の刺激は耳が痛くなります。私はその要因を作った人にやり返したくなってしまう。相手に「静かにしてくれ」と言うことが、口論や時にはフィジカルな争いに発展することもあります。

内側の調和の取れた世界を外的刺激が突然破壊してしまう、ということを作品を通して理解してもらえれば、そうしたトラブルはなくなるかもしれません。

一から十まで親の擁護下で育った人がどう自立するのか

ー観客にはどんな視点で「ケースがはばたく日」を観てほしいですか?

モニーク:「ケースのためにできること」と「ケースがはばたく日」は自閉症をテーマにした映画ではなく、ワンイシュー映画でもありません。なぜなら、多くの人が登場人物に共感できることが重要だからです。

この映画は障がいのある子の親が、愛情を注ぎ、献身的に世話をしようとする悲劇も描かれています。母親は子どもを愛しているからこそ、息子に必要なケアを提供し続けます。その間、息子は彼女に集中する。しかし、彼女が必要なものを提供できなくなった瞬間、相互愛ができない自閉症の息子は彼女を捨てて、代わりを探すだろうということです。

また、親の死後は誰がその世話を引き継ぐのかという問題もあります。子は慣れ親しんだケアの変更を受け入れられるのだろうか。

24時間365日サポートする親の擁護下で育った人が、どうやって自立したのか。特に同じように障がいのある子どもがいる人にとって、この作品は一つのオプションを提示してくれるでしょう。

モニーク・ノルテ(Monique Nolte)

映画監督

オランダを中心にドキュメンタリー作品を多く手がけている。日本公開作品は「ケースのためにできること」(2014年)、「ケースがはばたく日」(2023年)。ほか「Een bitterzoete verleiding」 (2008年)、「Nikki」(2022年)などで知られている。

ケース・モッマ(Kees Momma)

アーティスト・作家

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