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1970年代から現在にいたるまで、数多くの著名人のポートレートを手がけ、その名を世界に轟かせる女性写真家、アニー・リーボヴィッツ。エリザベス2世、アデル、マララ・ユスフザイをはじめ、様々な領域で今日を生きる女性たちを訪ね、その生と向き合った肖像写真展『WOMEN: New Portraits』が、江東区東雲のTOLOT/heuristic SHINONOMEにて開幕した。
同展は、1999年に作家のスーザン・ソンタグと共同制作した写真集『Women』に端を発する、現在進行形のプロジェクトの新作展だ。世界有数の金融機関、UBSを独占コミッショニングパートナーに迎え、2016年1月のロンドン、ワッピング水力発電所での開催を皮切りに、入場無料の巡回展として、1年をかけて世界10都市を旅する。東京の後は、サンフランシスコ、シンガポール、香港、メキシコシティ、イスタンブール、フランクフルト、ニューヨーク、チューリッヒを巡る予定だ。
©Annie Leibovitz. From WOMEN: New Portraits, Exclusive Commissioning Partner UBS ©Stephen White London
1949年生まれのアニー・リーボヴィッツは、20代前半の若さで『ローリング・ストーン』誌のチーフカメラマンとなり、その後も『ヴァニティ・フェア』誌や『ヴォーグ』誌といった有名誌をフィールドに、力強い肖像写真の数々を発表してきた。その名前を知らないという人も、おそらくどこかで彼女の作品を目にしているのではないだろうか。
1980年、ジョン・レノンが凶弾に倒れる数時間前に撮影された、裸のジョンとオノ・ヨーコが抱き合うポートレートは、彼女の名を世に広く知らしめた。最近であれば、2015年にトランスジェンダーとしてカミングアウトし、女性の姿で『ヴァニティ・フェア』誌の表紙を飾ったケイトリン・ジェンナー(元オリンピック陸上金メダリスト、ブルース・ジェンナー)の肖像が有名だろう。
同展では、元倉庫の大空間に、巨大なデジタルスクリーン3機とプリント作品が並び、アーティストや企業家、アスリート、政治家、学者など、多様なフィールドで活躍する現代女性たちの肖像が浮かび上がる。より良い作品のためなら妥協を知らない彼女は、華やかなファッションや広告分野において、溢れる想像力をそのまま具現化したかのような豪奢なセットを組むことで知られるが、本展で見られるようなシンプルなポートレートに向き合えば、彼女を世界的写真家たらしめる力量と眼差しの強さがより伝わってくるだろう。みずみずしい好奇心と知性を携えて、相手の場に踏み込む彼女のレンズは、被写体の内面までを映し出し、観る者の心にその像を焼きつける。
開幕に先駆けて行われた記者会見では、アニー・リーボヴィッツ自らが作品解説をしてくれた。なかでも、学校の教室に立つマララ・ユスフザイ、許可されたわずか5分間で撮影したアウン・サン・スー・チー、「自分の道を進みなさい」と語りかけてくれたというエリザベス2世、世界有数のバレエ団であるアメリカン・バレエ・シアターで黒人初のプリンシパルとなったミスティ・コープランドらの肖像は、特に思い出深い作品として刻まれているという。
左から、UBS ジャパン・カントリーヘッドの中村善二、アニー・リーボヴィッツ、UBSグループ チーフ・マーケティング・オフィサーのヨハン・イエルボウ
Misty Copeland, New York City, 2015 ©Annie Leibovitz. From WOMEN: New Portraits, Exclusive Commissioning Partner UBS
近年、女性やジェンダーをめぐる社会の状況は大きく変化してきた。「このプロジェクトがスタートした1999年に比べて、女性のみを被写体に選ぶというのは、ある意味でやりにくくなったと言えるかもしれません」とリーボヴィッツは語る。「本展は、現代を生きる女性像を追ったものですが、被写体が女性であろうと男性であろうと、肖像を写すことの本質や難しさは変わりません。優れたポートレートを撮るには、先入観や既成概念から自由になって、その人が生きる場へとおもむき、そのなかでシャッターを切ることが重要だと考えています」。
そこに刻まれるのは、被写体のみならず、ファインダーを覗くリーボヴィッツ自身の生でもある。会場を歩き回れば、彼女が愛を注いできた母や娘たち、そして年上のメンターとして彼女を励まし、大切な友人であり、恋人でもあった、今は亡きスーザン・ソンタグの存在が色濃く漂っていることに気づくだろう。
展示会場の奥には、リーボヴィッツの強い希望により、特設ライブラリーが設えられている。本プロジェクトのきっかけとなった写真集『Women』をはじめ、これまでの作品集を中心に、彼女に影響を与えた他アーティストの写真集やソンタグの『On Photography(邦題:写真論)』など、数十タイトルが囲炉裏のテーブルに並ぶ。椅子に座ってゆったりと閲覧できる嬉しい空間だ。
本展の会期は、2016年3月13日(日)まで。強靭さと繊細さが共存するアニー・リーボヴィッツの眼差しに、ぜひ触れてみてほしい。