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坂本龍一の新作『async』を聴きながら、彼がセレクトした都内のルートをドライブする『LEXUS Listening Drive体験』なるユニークな企画が、2017年4月15日(土)より始まる。
「あまりに好きすぎて、誰にも聴かせたくない」と、発売当日まで音源の先行試聴やサンプル盤の配布などを一切行わなかったほど、坂本にとって思い入れの強い同作だが、意外なことに、この「Listening Drive」を発案したのは坂本本人だという。いわく、音源のミックスダウン後にドライブをしながら試聴をした際に、「環境音、ノイズさえもサウンドトラックに取り込まれていくようで〜中略〜外の風景が映画になり、自分が映画の一部になったような錯覚」を覚えたことが、企画の発端となったようだ。
記者が実際に体験した上での感想としては、ドライブしながら聴くと気持ちが良い音楽、ということはまず確かにある。しかし、この『async』=「非同期」と名付けられた作品の構造やメッセージがフィジカルに入ってくる、作品を分かりやすく理解できることに、やはりこの企画の真意はありそうである。
ドライブの始まりと終わりには、坂本本人の肉声で吹き込まれた、企画の説明が流れる。そこで彼が口にしている「偶然性」という言葉は、彼がジョン・ケージに学び、近年の音楽制作の上で重点を置いてアプローチを試みてきたキーワードでもある。まず理解しておきたいのは、前作『out of noise』から8年を経て完成された今作は、「サウンドとノイズの境界」への強い興味からクリスチャン・フェネスらと作り上げた『out of noise』の音楽を、表現としてさらに押し広げ、視覚的な領域までを想定して作られた一作であるということ。カーステ向き、と聞いて不安なイメージを膨らませていた人は、安心されたい。
ドライブは、ワタリウム美術館を出発し、皇居周辺から新宿御苑を経てINTERSECT BY LEXUS - TOKYOに帰り着く、約1時間のコースを行く。ノイズが入り交じりながらも、全体としては気だるく美しいメロディやサウンドスケープが展開される『async』と、自然の緑とビル群が共存しているこの一帯のマッチは、なるほど非常にシネマティックだ。
だが、個人的には、この企画のミソの部分、そして『async』の作品としての強度を感じたのは、時間の非同期=asyncだ。ドライブは当然、渋滞などの影響で、どの地点をどの時間に通過するかということは正確に固定することは難しい。いくら坂本自身で策定したコースとはいえ、意図通り、イメージ通りに音と風景が合わさることはないのである。だが、『async』の「環境音、ノイズさえも音楽に取り込む」(逆もしかり)音楽が崩されることはない。時間との同期に、効果は求められていないのである。
これは、いわゆるVR(仮想現実)の体験とは、真逆のものだ。すべてが同期しているVRのひどく閉じた体験に対して、坂本が目指すのは、「サウンドとノイズ(環境音)の境界」を行く開かれた音楽。この話に関しては、ブライアン・イーノというもう一人の実践者がいる。小難しい話になるが、イーノが2017年の元旦に発表したアルバム『Reflection』は、「自動生成」のシステムの上に作られたもので、これはフィジカルな音源とは別に、アプリがリリースされ、文字通り自動生成された音楽が無限に生み出されるという試みだった。
この『Reflection』のコンセプトには、「人の生に似た体験」かつ、「外の世界に次第に混じり込んで行く」※ という意図がある。イーノは、ヘッドホンで音楽を聞くことを好まないというが、その理由として「それ(音楽)以外のものを除外」しないため※ とも答えている。音楽的なものとそうでないものの境界に意識的なこのスタンスは、『Reflection』でこれ以上ないほど具現化されてはいるものの、イーノの音楽キャリアには常にあるテーマであり、同時に彼の社会との関わり方に対するポリシーでもある。坂本とイーノ、両者とも還暦を優に過ぎている2人の大御所が、近作で非常に近いメッセージを提示していることには、耳を傾けるべきものが多分に含まれている気がしてならない。
闘病(2014年に喉頭がんを公表し、活動を休止。2015年に復帰)を経てなお、こうした作品を生み出す教授の凄みを、約1時間のドライブのうちに堪能できる『LEXUS Listening Drive体験』。試乗前と後では、世界の見え方がどこか違っているかもしれない。実施期間は2017年4月15日(土)〜4月23日(日)の土曜日と日曜日、定員は各日6組12人、計24組48人となっている。募集期間は2017年4月6日(木)23時59分までとなっているので、気になる人は早めの応募を。
『LEXUS Listening Drive体験』の詳しい情報はこちら
※『ele-king 19』株式会社 Pヴァイン、24〜25ページ