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長野県北部の信濃大町にて、2017年6月4日(日)より開幕する『北アルプス国際芸術祭』。マーリア・ヴィルッカラ、布施知子、大岩オスカール、ジミー・リャオら、国内外から36組のアーティストが参加する、今年注目の国際芸術祭のひとつだ。総合ディレクターは、『瀬戸内国際芸術祭』や『大地の芸術祭』など、数多くの芸術祭を手がけてきた北川フラムが務める。開催の3週間前のプレスツアーでは、アーティスト本人によるプレゼンテーションや、北川から作品や見どころの紹介などが行われた。豊かな水をたたえた北アルプスのふもとで開催される「里山型」の芸術祭は、地元の自然と文化を尊重した見応えあるものとなりそうだ。
東京から車で約4時間。信濃大町駅に到着したら、まず駅前のインフォメーションセンターを訪ねたい。展示作品をすべて鑑賞できる(パフォーマンスは別)「作品鑑賞パスポート」を購入し、スタッフと一緒に鑑賞コースを決めよう。人工芝が敷き詰められた館内の家具や装飾は、すべて原倫太郎と原游のユニットによるインスタレーション『はじまりの庭』の一部だ。頭上をピンポン球が転がる様子は、誰もが童心に帰って目で追ってしまうだろう。原游は、芸術祭の公式ガイドブックのイラストも手がけている。
パスポートを手に入れたら、まず東側にある鷹狩山に登ってほしい。正面には北アルプスの山々、眼下には信濃大町が広がる。山の稜線に残る雪を見れば、町にどれだけの雪解け水が流れ込むか、容易に想像がつくだろう。ぜい沢な景観を作品に取り入れたのは、アーティストグループ「目」。『信濃大町実景舎』は、山頂に立つ空き家となった建物の中身を作り変えた作品だ。中と外の関係を重視した作品で年々ファンを増やす彼らの最新作に期待したい。
八坂地区と呼ばれる、山中に小さな集落が点在するエリアには、景観をいかした作品が多く展示される。ロシア人アーティストのニコライ・ポリスキー(Nikolay Polissky)による『バンブーウェーブ』は、現地に生える竹を束ね、先端をくるりとしならせた柱が林立する作品だ。葛飾北斎の『富嶽三十六景』からインスピレーションを得たそうだ。山奥に現れた竹の海が開け、遠くの景色を見せてくれる、という作品の裏にある隠されたストーリーを想像しながら眺めたい。
自然ではなく、そのなかにひっそりとたたずむ集落そのものを作品にしたアーティストもいる。フェリーチェ・ヴァリーニ(Felice Varini)は、1994年に完成したパブリックアートプロジェクト『ファーレ立川』にも参加したアーティストだ。これまで幾何学模様を風景に落とし込んだ作品を発表してきた彼だが、今回も八坂地区にある3世帯が暮らす小さな集落に幾何学模様を登場させた。斜面に張り付くように建つ家屋に、どんな模様が現れるのか。ぜひ自分の目で確認してほしい。
ここで移動手段について紹介しよう。『北アルプス国際芸術祭』は、駅のある市街地エリアを中心に、木崎湖周辺の仁科三湖エリア、高瀬川が縦断する源流エリア、北アルプスを臨む東山エリア、そしてダムエリアの5つからなる。各エリアは離れていたり、高低差があったりするので、徒歩での移動はまず無理だ。シャトルバスやタクシー、レンタサイクルなど、エリアを周遊できる交通手段がいくつか用意されているので、目的や予算にあわせて選んでほしい。ガイド付きの1日ツアーは、バス代と作品鑑賞パスポート代込みで6,800円とお得だが、東エリアか西エリアのどちらかしか回ることができないのが欠点だ。もし2日以上の滞在を予定しているなら、検討してみてもいいだろう(前日17時30分までに要予約)。
宿泊施設は、黒部ダムに通じる国道45号線周辺に密集している。なかでもくろよんロイヤルホテルは、映画『黒部の太陽』の撮影の際、主演の石原裕次郎が泊まったことで知られる。同ホテルは、芸術祭にあわせてアーティストの作品を見ながら泊まれる「アートルーム」を2部屋オープンさせる。ひとつは、芸術祭にも出展する信濃大町在住の折り紙アーティスト、布施知子が室内を彩る部屋だ。壁を彩る、幾何学模様に織られた布のような『平織り』シリーズは、紙からできているとは到底信じられないだろう。もう一部屋は、2016年の大河ドラマ『真田丸』の題字を作ったことで知られる挾土秀平(はさどしゅうへい)が手がけた。ロビーには、台湾の絵本作家ジミー・リャオによる図書館が登場。大町名店街にリャオが設置する「街中図書館」のアネックスとしてオープンする、宿泊客なら誰でも利用できる図書館だ。昼も夜もアートに囲まれていたいという人に勧めたい。
西へ東へ作品を巡っていれば、腹が減ってくるだろう。町内には料理研究家と一緒に開発した、地元の食材を使ったメニューを提供するレストランがいくつかあるが、もし週末に行くなら、地元の主婦たちからなる「YAMANBAガールズ」が郷土料理を振舞ってくれる『おこひるの記憶』をぜひ勧めたい。筆者が行った日は、キノメやコシアブラ、ヨモギといった山菜の天ぷら、フキ味噌または青豆きな粉を付けて食べるおにぎり、目の前の木崎湖でとれたヒメマスのスズメ焼きなどが出てきた。かっぽう着姿で出迎えてくれるガールズの手料理に舌鼓を打ちたい(1人1,500円、要予約)。
昼食後はのんびりと木崎湖周辺を散歩しよう。湖畔にはキャンプ場やボート乗り場があり、東側をJR大糸線が走る。映画『犬神家の一族』の撮影も行われるなど、見所満載の木崎湖を作品の展示場所に選んだのは、五十嵐靖晃、アルフレド・アキリザン(Alfredo Aquilizan)とイザベル・アキリザン(Isabel Aquilizan)、そしてケイトリン・RC・ブラウン(Caitlind R.C. Brown)とウェイン・ギャレット(Wayne Garrett)の3組。
五十嵐は『瀬戸内国際芸術祭』や、2017年3月に開催された『南極ビエンナーレ』にも参加している。山々に囲まれた信濃大町に初めて来たとき、上ばかり見上げている自分に気づいたという彼は、縦方向の視線をいかした作品を展示する。これまで頻繁に作品に登場させてきた糸を用い、320本の糸を束ねた縄8本から、極太の組紐を作る。制作は現地の公民館にて、地元の人々の手も借りながら行われた。湖から空に伸びる1本の組紐が、自然と目線を上へと導いてくれるだろう。
アルフレドとイザベルの夫婦による『ウォーターフィールド(存在と不在)』は、幼児用の玩具、草履、バケツなど、地元の家庭から集めた、不要になった日用品で装飾されたボートの群れを湖畔から眺めるという作品。色あせた日用品を乗せたボートはどこかはかなげで、作品名にある「存在」と「不在」について考えさせられるだろう。
オーストラリア人アーティストのジェームズ・タップスコット(James Tapscott)が作品の展示場所に選んだのは、アニメ『日本昔話』のオープニングに登場する龍の子太郎の伝説が伝わる仏崎観音寺だ。雪解け水がなみなみと流れる水路にかかる太鼓橋に、霧をまとった鉄の輪っかがかかる『Arc ZERO』という作品を展示する。「(太鼓橋を選んだ理由は)水路を隔ててあの世とこの世を表現しようとした。輪っかは、水が雨となって山に降り注ぎ、川を経て海に流れ出て、水蒸気としてまた雲となるという水の循環を表している。北アルプスでしか作ることのできない作品に仕上げたい」と語っていた。
フィンランドからは、マーリア・ヴィルッカラ(Maaria Wirkkala)が参加。源流エリアにある野外劇場を舞台に、本来見る側にいる観客が見られる側に回る、というものだ。デザイン界ではその名を知らない者はいないと言われるタピオ・ヴィルッカラ(Tapio Wirkkala)の娘だ。芸術祭の公式グッズのモチーフデザインは、彼を私淑している『ミナ ペルホネン』のデザイナー、皆川明が担当する。Tシャツや文房具といったグッズは売り切れが予想されるので、早めに手に入れたい。代官山のART FRONT GALERYでは2017年7月9日(日)までマーリア・ヴィルッカラの個展が開催されるので、予習してから行くのもいいだろう。
期間中は常設展示だけでなく、パフォーマンスも数多く行われる。注目はNHKの教育番組『にほんごであそぼ』の出演で知られるミュージシャンのおおたか静流と、元ダムタイプの照明アーティスト藤本隆行によるパフォーマンスだ。おおたかの伸び伸びとした歌声と、藤本の照明が、会場の七倉ダムを本格的な劇場へと変貌させるだろう。
約2ヶ月半にわたって開催される『北アルプス国際芸術祭』。行けば町を取り囲む山々、静かな湖、雪解け水の流れる川など、まず自然の美しさに圧倒されるだろう。アーティストたちも同様の体験を経て、作品制作に取り組んでいる。豊かな自然を感じることこそ、芸術祭を楽しむ一番の方法なのかもしれない。『北アルプス国際芸術祭』は2017年6月4日(日)〜7月30日(日)まで開催。