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来場者数10万人。4月29日から5月7日までの大型連休で開催された『Tokyo Rainbow Pride 2017』のラストを飾るメインイベント「フェスタDAY」と「パレードDAY」についての主催者発表の数字だ。1994年に初めて東京で開催されたプライドパレードの参加者が約1100人とのことなので、現在はパレードだけのイベントではないとはいえ、20年以上がたち100倍近い人が集まったことになる。主催団体の変更や分裂、イベント自体の度重なる改称など、紆余(うよ)曲折を経た東京のパレードについて、決して熱心な参加者だったとは言えない筆者に述べられることは多くないが、この数字の持つ意味の大きさと今年の成功にいたるまでの先達の尽力を思うと、ただただ頭が下がる。
今年のパレードについての感想を求められたある関係者が、「この数字がすべてよ」と、安直な肯定も否定も避けるように優しく話す場面に遭遇した。パレードの主たる目的を「セクシュアルマイノリティの可視化」であると考えれば、多くの人々が参加するようになったことは端的に言って素晴らしいことのように思う。反面、規模が大きくなれば意見の相違や批判が噴出するのは世の常で、今年は参加者として登録されていない反イスラエルの団体がパレードのコースに合流するというハプニングもあった(セクシュアルマイノリティの権利を思うとき、イメージ戦略としてゲイフレンドリーを打ち出す「ピンクウォッシュ」の問題についてもしばしば考えさせられる)。そして、様々な意見のなかでも代表的なものの一つに、企業ブースの急増に対する違和感があるようだ。
以前より企業のブース出展はあったが、昨年から今年は特に目立ったという声をよく聞く。「LGBT」がある種のマーケティング用語として「ブーム」になっているとも言われる昨今、ビジネス市場を当て込んでの出展がなかったとは言いづらい。もちろん、営利を目的とすること自体は非難されることではないし、当事者にとっても誰もが知る大企業が味方になってくれていることに頼もしい気持ちがあるだろう。ただビジネスだけが目的であれば、企業活動としてそこに利益を見出せなくなったときにどうなるかは明らかだ。今回、勇気ある決断をした参加企業には、今後も変わらない継続的な支援とさらなる理解を望むばかりだ。
今年の特徴としてもう1つ、ドラァグクイーンの少なさも挙げられるだろう。全体的に、「二丁目」的なもの、クィア的なものが抑えられていたように思う。もちろん、司会を務めたブルボンヌやエスムラルダ、アロム奈美恵のほかにも、バビ江ノビッチをはじめとする二丁目界隈の敬愛すべき面々が、ほとんど無償で(この点についても再検討されるべきであるように思われる)今年も陰に日向にプライドを支えていた。鉄板女酒場 どろぶねも魅力的な料理を提供していた。しかしドラァグのステージショーがあまりに少なかった点については、享楽的な二丁目文化のプライドパレードへの貢献を考えると淋しさを感じずにはいられない。
二丁目の住人だけがセクシュアルマイノリティではない。もちろんその通りだ。だからこそ『Tokyo Rainbow Pride』は、ゲイやレズビアンに限らず、あらゆるセクシュアリティ、アイデンティティの人々に門戸を開いてきた。10万人という数字はその扉の先にあったものだろう。そのためか、封建的な「女性」や「男性」はもちろんのこと「レズビアン」や「ゲイ」というカテゴリーでもなく、一人一人の「自分らしさ」を称揚するメッセージがパレードでは数多く見られた。その意味で、ステージに立ったFtMアイドルのSECRET GUYZが『Tokyo Rainbow Pride』オフィシャルサイト上のインタビューで、彼ら自身が持っていた「FtMだからこうでなきゃ」という固定観念に気付いたと語っている点は象徴的だ。若い世代が自分の身体や生き方に対して、より自由に感じたいという意見を自然に表明できる場があるという点は、間違いなくプライドパレードの功績の1つとして数えていいだろう。
述べてきたようにプライドパレードにはアンビバレントな気持ちも大きいが、様々な人がより生きやすくなってほしいという願いは皆に共通することだと思う。まだまだ考えなくてはいけないことは多く、この場で書き切る紙幅も技量もないが、規模の強みを得たプライドパレードだからこそ新たに取り組めるようになった問題もあるだろうと、今後に期待を寄せたい。筆者は取材時に渋谷MODY前で、おそらくは偶然パレードに遭遇しただろうノンケ男性らしき2人組の「そういえば俺の叔父さんがゲイだわ」「案外いるよね周りに」という爽やかな会話を耳にした。そのやりとりの何気なさに、10万人という数字の確かな心強さを感じた。