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2015年6月16日(火)、銀座で100年以上の歴史を持つ老舗文房具店の伊東屋が、G.Itoyaとなって銀座中央通りに帰ってきた。2013年から始まった建て替え工事が完了し、とうとうベールを脱いだ新本店ビル。ブルガリとティファニーに挟まれたその顔は、モダンなガラス張りへと変わった。銀座中央通りを行き交う人々の頭上に再び現れた赤いクリップが、老舗の新しい門出への期待をかき立てるように、キラリと輝いて見えた。
明るい光が差し込む1階のフロアに足を踏み入れると、まず目を引くのは、カフェに来たかと思うようなドリンクバー。朝8時から、銀座エリアで働く人や買い物客向けに、テイクアウトでフレッシュドリンクを提供するという。初夏にぴったりのレモネードは、目が覚めるほどみずみずしい美味しさ。銀座に立ち寄った際には、ここだけでも利用したくなりそうだ。
新本店は、地下1階の多目的ホールから地上12階のカフェレストランまで、社員用の9階を除く12フロアが買い物客に開かれている。総床面積は旧本店より広い約4200㎡となり、ゆったりとした印象を受ける。全フロアを歩いてみて、3つのことが特に印象に残った。
1つ目は、大胆なリノベーションにより再構築された、空間の気持ちよさだ。1965年に誕生した旧本店は、両隣をぴったりと挟まれた、幅が8mしかない薄型ビル。その間口の狭さを新たな価値と捉えた今回のリノベーションは、銀座中央通りとその1本奥を走るあづま通りに面した壁面を全面ガラス張りへと替えることで、両通りを繋ぐ「まちに開かれたみち」として、空間の魅力を引き出している。もともと多くの人が行き交う銀座の街だ。明るく入りやすく、さらに知的好奇心を刺激してくれる「通路」なら、これから多くの人たちが闊歩することになるだろう。建築好きであれば、きっと空間を見に行くだけでも満足できるに違いない。
2つ目は、近年、様々な店に押し寄せている「モノからコトへ」という波、もう少し詳しく言えば「モノの属性による分類から、ライフスタイル提案型のコトによる編集へ」という売場作りの変化を象徴するような変身を遂げたことだ。新本店の大きな特徴は、「SENSE」、「MEETING」、「TRAVEL」、「HOME」など、日々の場面ごとに分けられたフロア構成にある。かつてなら「筆記具はここに、ノートならあちら」という売り方であったところを、たとえば「豊かな発想を生む会議をしたいなら、こんなマーカーとカラフルな付箋とホワイトボードを使ってみては」「旅先には、小さなノートとペンを『Lonely Planet』と一緒に、こんなバッグに入れて出かけよう」といった風に、「これを持ってあんなことをしよう」と想像させてくれる棚作りに力が注がれているのだ。
その編集の仕方は、2003年にオープンするや、その斬新な編集型の棚作りで話題となったTSUTAYA TOKYO ROPPONGIや、「ライフスタイル書店」をコンセプトに掲げ、2011年に誕生した代官山 蔦屋書店、あるいは、想像力をかき立てる「編集棚」に力を注ぐSHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERSやB&Bのような、2000年代以降に次々登場してきたニュースタイルの本屋であったり、「ライフエディトリアルブランド」をコンセプトに掲げるCibone、1LDK apartments.、CLASKA Gallery & Shop “DO”といった、衣食住を通じて独自のライフスタイルを提案する「ライフスタイルショップ」を思わせる。
また、扱う商品のラインナップも、従来の文房具店の枠に捉われず、ステーショナリーを中心とした生活用品全般へと広げ、一方で商品数をなんと約1/3にまで絞ったという。旧本店よりずいぶん広くなったように感じるのは、フロア面積が増し、天井が高くなったことだけが理由ではないのだ。
新本店の「コトによる編集」を象徴するフロアのひとつが「SHARE」と名付けられた2階だろう。銀座通郵便局の協力により実現したという「Write & Post」コーナーは、レターセットやはがき、筆記用具はもちろん、オリジナル切手から、そのまま投函できるポストまでが揃い、銀座中央通りを見下ろすカウンター席でゆったりと手紙を書くことができる。
また、4階の「MEETING」フロアにある工房では、数百円で気軽にオリジナルノートが作れる。モノを手に入れること自体より、好きなパーツを選び、作る工程を眺め、そして生活の中で使う「クリエイティブな時間」を楽しんでほしい。そんな提案が見える。
7階には、日本が誇る紙の専門商社、竹尾のショールームである竹尾見本帖が入った。1000種類を超える多様な紙を、目的や色から、あるいはコンシェルジュに相談しながら選ぶことができる。
3つ目は、老舗の文房具専門店でありながら、飲食からビジネススペース運営、さらには野菜栽培まで、物販以外の新業態への広がりを見せ、それをあくまで自社で手がけていることだ。たとえば、「FARM」と名付けられた11階の野菜工場では、フリルレタス、ルッコラ、ミントなどをLEDで育てているが、ここのスタッフも昔から同社に在籍してきた社員だという。テナントを募集するというかたちではなく、新業態にも自社社員が飛び込み、あくまで伊東屋として運営していこうとする姿勢に驚きが隠せなかった。
生き生きとした社員たちの表情を目にしながら、頭に浮かんだのは「不易流行」という言葉だ。ステーショナリーの世界を熟知した、創業100年を超える「文房具のプロ」としての視点を大事にしながらも、クリエイティブな生活を提案し、自らもクリエイティブな店であり続けるために、新たなスタイルや新業態にも変化を恐れず飛び込んでいく。そんな老舗の船出の帆は高い。新しい専門店のかたちを確かめに、ぜひ足を運んでみてほしい。