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2017年8月6日、『札幌国際芸術祭(SIAF【サイアフ】)2017』がいよいよ開幕した。10月1日(日)まで続く同芸術祭に毎日通うことは、東京で働く多くの社会人には難しいことだろう。それでもそうしたくなる気持ちを抑えられないほどの魅力があると言えば大げさだろうか。公正を期するために記しておくと、本ブログ記事は広告として書かれるものではないが、筆者はプレス向けの招聘(しょうへい)ツアー(8月8日、9日)に参加した。しかしながら、駆け足で会場を見て回った2日間が過ぎ、東京に着くころには、再訪のための新千歳行きLCCや長期滞在可能なAirbnbをチェックしていたことも伝えておく。もちろん好みは人それぞれ、ここでは筆者が『SIAF』に毎日でも通いたくなる理由を5つに厳選した。
1. 会期を通して札幌中がライブ会場
毎回異なるゲストディレクターを迎える『SIAF』。特に意図したところではないようだが、前回の坂本龍一に引き続き、音楽家である大友良英が2017年のディレクターを務めている。それもあってか、ミュージシャンや音を扱う作家など、「音楽と美術のあいだ」に立つアーティストが数多く参加している。美術の展示だけでなく、街なかを走る市電の中でノイズミュージックを演奏する『ノイズ電車』など、ライブパフォーマンスのプログラムが充実しているのも同芸術祭の大きな特徴だ。
なかでも、会期を通してどこで何をするか分からないテニスコーツの存在は、行政の予算を使って行う大規模イベントとしては異色と言える。札幌市中心部にある札幌市資料館の1室に拠点「テラコヤーツ」を構えるテニスコーツだが、毎日のように他アーティストの展示会場や市内のライブハウスなどで、ゲリラ的にライブを行っている。ゲリラライブの情報は、テラコヤーツやTwitterなどで日々追えるようになっており、文字通り「祭り」である芸術祭のライブ感覚を楽しめるようになっている。
2. テーマが「芸術祭ってなんだ?」
ゲストディレクターの大友が同芸術祭のテーマに掲げたのが「芸術祭ってなんだ?」。人を食ったテーマのようにも思えるが、定義がしっかりとコンセンサスを得られないまま「芸術祭」が全国各地で乱立している状況を考えれば、誠実な姿勢と言えるかもしれない。大友は、この基本的ながらも大きな問いに対して「自分が直接会ったことのない、自分より有名な人の言葉を使わずに」答えることを、参加アーティストやスタッフたちに求めたという。ほかの芸術祭を真似して「芸術祭らしきもの」を作るのではなく、「芸術祭ってなんだ?」とゼロから考えることを、アーティストを含む芸術祭メンバーが怠らなかったからこそ、大都市で開催される大規模イベントでありながら、オリジナリティ溢れるインディペンデントな面白さを保てるのだろう。また、大友がディレクター就任に際して出した「大手広告代理店を入れない」などの条件も、いわゆる「大人の事情」ではなく『SIAF』のメンバーが本当に実現したいことへとひたむきに進めた理由の1つかもしれない。
3. 知られざる札幌のキーパーソンたち
参加スタッフにも独特なものがある。エグゼクティブアドバイザーとして名を連ねる沼山良明を知っているだろうか。ちなみに、前回の『SIAF』では「知の神様」こと浅田彰が務めた、極めて重要なポジションである。恥ずかしながら沼山の名を知らなかった筆者は、それこそ「大人の事情」で選ばれた地元の有力者なのかと、さらに恥ずかしい勘ぐりを重ねたものだったが、実情はまったく異なる。「NOW MUSIC ARTS(NMA)」を主宰する沼山は、1980年代より世界中の前衛的な音楽をいち早く札幌に紹介してきた、知る人ぞ知る重要人物だ。日本ではまだ無名だったジョン・ゾーン(John Zorn)などによる公演を、ほぼ自腹で企画運営してきた。今回の目玉展示の1つとして、札幌芸術の森美術館で素晴らしい展示を行っているクリスチャン・マークレー(Christian Marclay)も、この文脈の上で考えなくてはならない。
アートファンにとっては2011年の『ヴェネツィア・ビエンナーレ』で金獅子賞を受賞したスーパースターアーティストであるマークレーだが、沼山が1980年代にはすでに札幌に呼んでいた「ターンテーブルの魔術師」でもあるのだ。沼山に限らず、『札幌でしかできない50のこと』でも取り上げているレトロスペース・坂会館や居酒屋てっちゃんなど札幌のディープスポットや、映画館シアターキノなど、地元で活動を続けるメンバーが数多く参加しており、日々まだ見ぬ札幌との出会いがある。
4. 充実したアーカイブ資料
文字通り芸術祭は祭りではあるが、多くの優れた芸術祭と同じく、『SIAF』も一過性の祭りでは終わらない。前述の沼山によるNMAの活動は、今回の芸術祭開催にあたりビデオアーカイブが制作され、札幌市資料館に展示されている。マークレーの展示室にも、日本の実験音楽シーンとマークレーの関わりを示すアーカイブ資料がある。アーカイブ展示と聞くとどうしても地味な印象だが、音楽ライブやダンスなどの作品をどう保全し、後の世に残していくかは重大な課題でもある。パフォーミングアートに限らずとも、作品の収集や保管にかかるコストもまた無視できない。今回は前衛音楽関連のものに偏ってはいるが、足繁く通えば、貴重な映像資料の数々に向き合えるまたとない機会となるだろう。
5. 北海道の地が持つ魔力
広大な雪の大地、アイヌ民族が培ってきた豊かな文化、開拓から近代化へと至る歴史など、北海道はいくつもの顔を持っている。同地が見せる複雑な表情は、数多くのアーティストにインスピレーションを与えてきた。札幌宮の森美術館での、石川直樹とアヨロラボラトリーによる展示は、アイヌやサハリンのニヴフなどのオホーツク文化に、写真や彫刻、テキストで迫っている。アイヌ民族の歌「ウポポ」を現代に伝えるグループ「マレウレウ」は、『マレウレウ祭り』(9月3日、札幌芸術の森エリア)や、チョン・ヨンドゥ(Jung Young Doo)などのコンテンポラリーダンサーとの共演『raprap』(8月23日〜26日、中島公園エリア)などを展開。そのほか、筆者が最も期待を寄せているのが、石山緑地で9月15日(金)〜18日(月)に開催される『Open Gate 2017』だ。かつて札幌軟石の採掘場であった広場を舞台に、国内外の美術家や音楽家がパフォーマンスを行う。北海道ならではのフォトジェニックなロケーションをいかす本作は、15時にアーティストたちがまだ何もない会場に現れ、日が暮れるころに撤収するまでを1つの作品として見せる。キュレーションとディレクションを務めるSachiko Mの言葉を借りれば、「二度と訪れることのない奇妙で貴重で特別な時間と空間」を堪能できるだろう。
終わりに —ガラクタの星座たち—
「芸術祭ってなんだ?」というテーマとは別に、同芸術祭には「ガラクタの星座たち」というロマンチックなサブテーマも設けられている。古来より空を眺める人々は、それぞれに何万光年も離れたガスや塵(ちり)の塊でしかない孤独な星たちを、詩的な想像力で結びつけてきた。アーティストたちがゼロから「芸術祭」に取り組んだインディペンデントな作品が、広い範囲に展開されている同芸術祭もまた、一見関連のなさそうな作品群に繋がりを見出し、それぞれの星座を描くことを鑑賞者に許している。テニスコーツの自由な活動は、いわば彗星(すいせい)のようなものだろうか。象徴的な例が、札幌市立大学キャンパス内にある毛利悠子による印象深いインスタレーションだ。
モエレ沼公園に置かれた大友作品に呼応するかのように、作品の一部としてピアノが使用されている同作だが、自動で流れる演奏は坂本龍一によるものだ。前回の『SIAF 2014』では、ゲストディレクターとして奮闘するも、体調不良により会期中に来札できず悔しい思いをしたであろう坂本。もちろん毛利作品の良さはこれに尽きるわけではないのだが、3年前の光が今届き、新たな星座が描かれたと見ることも可能ではないだろうか。毎日見上げても飽きない星空のような『札幌国際芸術祭』を、ぜひとも訪れてみてほしい。