桐本滉平
画像提供:桐本滉平
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生命の尊重と自然との共生、輪島の漆芸作家・桐本滉平にインタビュー

能登半島地震後初の個展販売を「銀座 和光」で実施

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能登半島の輪島で8世代にわたり漆に携わってきた家に生まれながら、独自の視点で漆芸の可能性を追求する作家、桐本滉平。2024年1月に発生した「能登半島地震」後初となる新作漆器展を「銀座 和光」の地階で2024年8月28日(水)まで実施。同展開催に当たり、その創作理念や作品に込めた思い、そして震災後の活動について話を聞いた。

根幹にあるのは「生命の尊重」

ー桐本さんの作品のテーマである「生命の尊重」について、どのような思いがあるのでしょうか。

「生命の尊重」は、私の作品制作における根幹となる考え方です。漆自体が木の樹液、つまり生命そのものであることを常に意識しています。

私が小さい頃から接してきた漆芸業界には、さまざまな課題があります。例えば過剰生産や薄利多売など、高度経済成長期の生産方法のまま作り続けてきた結果、企業の倒産や職人の失業など、ショッキングな出来事も目の当たりにしてきました。

そういった経験から、現在の業界の在り方へ疑問を持ち、同時にもっと物自体の個性や職人一人一人の個性、漆を使って作られたものの「生命」を尊重すべきではないだろうかと考えるようになったのです。

そのため、私は素材一つ一つに責任を持つことを心がけています。自分が生み出すものは、できる限り素材と自分の体だけで完成させ、愛着を持ち続けられるもの、責任を持てるもののみを制作し、販売するようにしているんです。

桐本滉平
Photo: Akiko Toya「漆芸家 桐本滉平 新作漆器展」での作品

自然物から作られる常に唯一無二の作品 

ー今回の展示では、海で拾った石や、果物から型を取った作品がありますね。この制作スタイルについてお聞かせください。

「脱活乾漆技法(だっかんかんしつぎほう)」と呼ばれる技法で、自然の石を使って型を取る手法は2020年ごろから始めました。従来の輪島塗の技法とは異なり、自然物から直接型を取ることで、一点一点が唯一無二の作品となります。

このスタイルは、私が師匠から学んだものを基に発展させたものです。元々は仏像制作に用いられた技法で、粘土で原型を作り、麻布を貼り固めた後に中を空洞にする方法です。

自分にとっての愛しい存在とは何か考えていく中で、この技法を用い、自然物を型として使うことに行き着きました。そして身近なもので愛しいと感じられたのが、私にとっては石でした。私が選ぶ石は、おわんにふさわしい形や均整の取れた形ではなく、純粋に愛しいと思える形の石です。人間が意図してできるものではない形に引かれるんです。

野菜や果物に関しても同様ですね。スーパーなどで野菜や果物を選ぶとき、誰もが無意識のうちに形で選択をしていると思うんです。この感覚は、普段はあまり意識しませんが、生きる上で忘れてはならない大切なものなんじゃないかなと。それを残しておくべきだと考え、2022年ごろから、野菜や果物でも型を取り始めました。

今では、何か食べ物を買ったりいただいたりすると、まず家族みんなが私にそれを見せてくれて「これ型取る?」と聞くのが日常になってしまいました(笑)。

型を取るだけなら数時間でできます。その後、漆がある程度固まった状態で型から取り出すんです。日頃食べるものを、食べる直前にほんの少しの時間をかけて型を取るという工程を入れることで、食材を買い過ぎることも、作品を作り過ぎることもありません。このリズムを大切にしています。

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Photo: Akiko Toyo「漆芸家 桐本滉平 新作漆器展」での作品

震災後に感じた野菜や果物が持つ力強さ

ー乾漆作品の中には、震災後、支援物資として届いた果物などを型取りしたものもあると伺いました。

私はいつも身の回りにあるものを使って作品を作っているので、震災直後は、海岸の石などのほか、ボランティアに来てくれたり、様子を見に来てくれた方が持ってきてくださった野菜や果物を、結果として使うことになりました。

ー今回の展示作品には、どのような素材を使用されたのでしょうか。

今回の展示品に関しては、タンカンという果物と、それより少し小さめのミカンと石を使っています。

ー震災後の自然と創作活動の関係については、どのように感じていますか。

能登半島地震の被害は大きかったのですが、輪島市の植物たちは驚くほど元気でした。野菜や果物を型取りする際、その存在自体からエネルギーをもらっているような感覚がとてもありましたね。

震災後に制作した作品には、そうした自然の生命力や回復力が込められているように思います。

また、日本が地震大国であることは、2020年に石を使って乾漆作品を作り始めた頃から意識してきました。そもそも能登半島では数千万年前から地震が繰り返し起こっており、そのたびに地盤が隆起して、半島が形成されたともいわれています。

何万年もの年月をかけて、海底の土や石や岩が隆起して地上の山となり、再び崩れて流れて海へ戻っていく。そんな地球の営みを、型にした海岸の石は伝えているんです。

この地質学的な視点は、私の作品制作にも大きな影響を与えています。

何が起こっても仕事をやめない

輪島は、私の体験としても2007年、2011年、2024年と被災しており、その度に復興を遂げてきました。そうした中で「何が起きても仕事を辞めない」という意識が強くなっていきました。

現在私は、停電や建物の倒壊、機械の破壊などを想定し、できるだけ電気を使わずに自分の体と最小限の道具・材料だけで制作できる状態を目指しています。2023年12月に、外務省の「日本ブランド発信事業」でラオスを訪れ、実演と講演を行った際には、仕事に必要なものを全てスーツケース一つに収めて渡航し、成功させました。

その2週間後に、2024年の能登半島地震が起きたのです。この準備のおかげで、地震が起きても絶望感はありませんでした。石は海岸に行けばあるし、野菜や果物も手に入ります。そういった意味では、どこでも制作を続けられる自信はありますね。

作品への思いと使用者への期待

ー最後に、作品を購入した方に、どのような気持ちで使ってほしいですか。

作品自体を生き物のように扱ってほしいです。使う時間、触れる時間を大切にし、その瞬間に自分の五感をフルに使って感じてもらいたいと願っています。

食器として使うことはもちろん想定していますが、それ以上に、そばに置いておきたくなるような存在感のある作品を目指して制作しました。花を生けるのもいいですし、眺めて触れて楽しむのもいいでしょう。使う人それぞれの感覚で、作品と向き合ってくれたらうれしいです。

桐本の作品には、伝統と革新、生命への深い敬意、そして災害への備えという多層的な思いが込められている。能登の自然と人間の営みが見事に融合した、唯一無二の作品群は、私たちに多くのことを語りかけてくれるのだ。

桐本滉平

漆芸家

1992年、石川県輪島市出身。漆、麻、米、珪藻土(けいそうど)を素材とした乾漆技法を用いて「生命の尊重」を軸に創作を行う。また輪島の作り手たちや国内外のアーティストやブランドとの共同創作にも取り組んでいる。

漆芸家 桐本滉平 新作漆器展
2024年8月1日(木)〜28日(水)11〜19時
「銀座和光 本店地階 アーツアンドカルチャー」で開催

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