墨田区はモデルケースになれるか、アートプロジェクトを開催する本当の意義

土谷享(アーティスト)×岸野雄一(スタディスト)と「すみゆめ」の可能性をひもとく
すみゆめ 対談
Photo: どんどこ!巨大紙相撲~北斎すみゆめ場所~
Paid for by Sumi-Yume Executive Committee, Sumida City
広告

すみだ北斎美術館の開館をきっかけに、2016年から墨田区で開催されているアートプロジェクト『隅田川 森羅万象 墨に夢』(通称『すみゆめ』)。2021年9月1日から12月26日にかけて開催されている『すみゆめ2021』の注目イベントの一つが、地域の子どもたちが制作した巨大な段ボール力士が土俵を沸かす『どんどこ!巨大紙相撲~北斎すみゆめ場所~』だ。

『どんどこ!巨大紙相撲』は、美術家ユニットのKOSUGE1-16が全国各地で展開してきたプロジェクトだが、両国国技館を擁する墨田区では、本格的な実況解説や相撲甚句なども加わり『すみゆめ』毎年恒例の人気イベントになっている。

タイムアウト東京では、『すみゆめ』の魅力を掘り下げるべく、KOSUGE1-16のアーティスト土谷享とともに、多方面で縦横無尽な活躍を見せる「スタディスト」の岸野雄一を招いて、対談を行った。コンビニエンスストアでのDJイベント開催や、盆踊りの現代風アップデート、最近では公園でレコードを鑑賞する『アナログ庁』の開設など、東京のアンダーグラウンドシーンで常に話題を呼んでいる岸野だが、『すみゆめ』でも音楽監修を務める『屋台キャラバン』(主催sheepstudio)をはじめ、さまざまなイベントに関わっている。

今回2人には、開催を間近に控えた『どんどこ!巨大紙相撲』のことや、地域でアートプロジェクトを開催する意義、墨田区ひいては東京のカルチャーの潮流などについて、リモートではあるもののリラックスした雰囲気で自由に語り合ってもらった。

墨田区で何かをやるのであれば全部手伝う

岸野雄一(以降、岸野):土谷さんは高知県にいらっしゃるんですよね。ひろめ市場(高知市にある屋台村)、大好きなんですよ。

土谷享(以降、土谷):みんな昼間から酒飲んでますよね(笑)。

岸野:日本だとカフェで隣り合っても会話が始まらないんですが、あそこではお客さん同士の会話が始まります。混んでくると席を譲り合ったりして。とてもいい雰囲気で、日本が誇るべき場所です。

土谷:高知特有の文化なのかもしれないですけど、大切な文化財ですよね。岸野さんは高知にはよく来られるんですか?

岸野:DJで何度か行っているのと、子ども向けの音楽劇『正しい数の数え方』(第19回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 大賞)でも高知公演をしているんですよ。高知はコロナ禍が明けたらすぐに行きたい場所です(笑)。

土谷:『屋台キャラバン』も高知でやったらめちゃくちゃ面白そうですね。それこそ『よさこい』の地方車(じかたしゃ)みたいな感じで。地方車もトラックにDJ機材やスピーカー積んでいますし。

シンプルな音響セットとスピーカーがインストールされたDJ屋台(Photo: Yozo Takada/©屋台キャラバン)

―DJ屋台やガチャガチャ屋台など、さまざまな屋台が登場する『屋台キャラバン』では、岸野さんは音楽監修として入っていますが、それ以外にも『すみゆめ』の公募プロジェクトに、本当にたくさん関わっていらっしゃいますね。

岸野:墨田区で何かをやるのであれば全部手伝うって決めているんです。これは世界各国の芸術祭を回っていて思うんですが、うまくいっているところというのは、美術の人と音楽の人、演劇の人、街づくりの人など、みんなが互いに協力し合っているんですよね。

例えば僕のやっているユニットで「ヒゲの未亡人」という、シャンソンのカラオケショーみたいなコンテンツがあるんですが、ヨーロッパだとメタリカのTシャツを着ているような人がボランティアでPAを組んでくれたりして、ちゃんと手伝ってくれるんですよ(笑)。恐らく僕の音楽は好きじゃないだろうけど、そういうことじゃないんです。

逆にヘビーメタルのライブで、アート系の人たちがミキサーやったり、照明を立てたりしている。そういう自分の趣味嗜好(しこう)じゃないところで協力し合う風景をヨーロッパで見てきて、羨ましいなと。

本来のアートの面白さ

岸野:墨田区にもさまざまなグループがあるけれど、まだまだ協力し合う関係は希薄です。そこに横串を刺すというか、風通しを良くしたいという気持ちがあって、とにかくいろいろな団体に手を貸しています。ちょっと音量が大きくなりそうだったら、ご近所さんにご案内をポスティングしていったり......みたいなことも。これ全部無償でやっています(笑)。

とはいえ、墨田区はかなりうまくいっている方だと思いますよ。『どんどこ!巨大紙相撲』も大好きで、毎回楽しみにしています。解説の方も本格的で面白いんですよね。

土谷:浦風親方(元敷島関)と大至さん(元大至関)ですね。

―そもそも相撲というモチーフをアートプロジェクトに取り入れた理由は何だったんでしょうか?

土谷:今の若い力士は違うと思うんですけど、相撲と近代的なスポーツの違いには、必ずしも本人の意思でやっているわけじゃない、というのがあると思うんです。

昔だったら、例えば「北海道のどこどこに体の大きな少年がいる」っていうことで、親方と養子縁組をして力士になる、四股名も親方や故郷などの支援者にいただく。土俵の上に立っていると神々しい存在で、だからこそ強い力士なんですけど、そうさせているのは自分の意志だけじゃない。それってアート作品が自立する姿と似ていると思ったんです。

生みの親の手を離れて独り歩きしていくのが、本来のアートの面白さ。シグネチャー(署名)を主張するアートというのは、せっかく多くの人が制作に参加してくれても、結局一人の作家のものとして扱われる。そういう部分を壊したくてやっている面もあります。『どんどこ!巨大紙相撲』も私の作品というより、どんどん広がっていって独自にやりたい人も出てきたらいいなと。墨田も「もう僕行かなくていいでしょ。独自にできそうだよね」って言ってるんですけど(笑)。

自発性の種をまいていく

土谷:美術館でワークショップをしていると、もともと美術に興味があって参加した人や学芸員など、内輪でしかシェアされないというところに違和感があるんです。作ったものが独り歩きしていくという面白さを体験してほしいんですよね。

大会を開く上で「巡業」という工作のワークショップを設定している理由も、会場だけでなく地域に開いて、より多くの人たちが参加する伸びしろを作りたくてのことです。

美術館よりも地域との距離感の近さを持っているコミュニティー会館みたいなところを会場に、1時間半から2時間くらいの時間内で段ボール力士を作ってもらう。そういうワークショップを行った巡業先エリアを、一つの「相撲部屋」として見立ててチームのようなものを作ることが、「本場所」へのモチベーションにもつながっています。

岸野:地域の人がまず楽しめるようにプランしているというスタンスは、本当に素晴らしいですね。僕も出発点は同じで、住んでいる人が優先順位として一番。「高尚なアートというものを持ってきました。どうぞご鑑賞ください」みたいなのが、僕は苦手なんです(笑)。土谷さんが手がけている試みは、参加者が作品の内実に影響を与えることができることから、充分にメディア・アートですよね。

ライブハウスやクラブは、お金を払って借りたら使える。美術館も企画書を上手に書ければ借りられます。でもそれじゃ開いてはいかない、閉じていく感じがあってつまらないんですよね。だから最近は、公園や広場でイベントをやっています。一番難しいんですよ、お金を払えばできるというものではないですから。公共的な空間を使う以上、住んでいる人が納得するか、喜んでくれるか、ということがとても大事です。

強い言い方をすると、これは住んでいる人に対する挑発でもあります。公共に対する自発性を誘発する、といいますか。この場所をどう使うかを一緒に考えましょうよ、という提案をしているんです。

土谷:100パーセント共感しますね。アートユニットKOSUGE1-16の名前の由来にもなった葛飾区で活動していた頃は、作品の制作プロセスを自分たちの手だけじゃなくて、なるべく外の人に投げるということを意識的にしていたんです。それで北條工務店や、金属加工の職人さんたちにお願いするんですが、アートの人たちではないので最初は怒られることがあるんですよ、「これは何なんだ!」って(笑)。

でも、そこでの説明というか姿勢が大切で、「あんたのいうアートだか何だか、知らない世界だから、うちの組合で授業してくれ」と言われて、「印象派からKOSUGE1-16まで」という授業を2時間くらいしたこともあるんですよね(笑)。そうするとちゃんと分かってくれるんですよ、「おもしれえじゃねえか、俺ら何したらいいんだ?」みたいに言ってくれて。

そうやって、ちょっとずつ墨田区の職人さんを口説くようなアプローチをしていたんですけど、そういう意味では、岸野さんがおっしゃったような自発性を誘発する種をまいていく、というのはいつも心がけてきました。

アートプロジェクトの公共性

岸野:東向島にあるアートスポット「北條工務店となり」は面白いですよね。この間も坂本龍一さんと高谷史郎さんの作品をやっていましたけど、普通の工務店の倉庫ですからね。

土谷:「となり」ができたのは本当にうれしいですね。あれだけの大きさのスケルトンの箱なんてなかなかないですから。北條さんが柔軟で、さまざまな考え方や企画を受け止めてくれるというところもいいんですよね。最高の場所です。

岸野:でもヨーロッパだと、本当にそういう倉庫みたいなところで、それこそテート・モダンに入るような有名アーティストがやっているのが普通ですよね。

今は市からの助成を受けているような団体も、最初は廃ビルをスクワット(不法占拠)していたアーティストたちが、絵を描きたい子どもや楽器を弾きたい子どもたちにアートスクールを開いたりして地域に溶け込んでいく過程で、その意義が行政から認められて居住権も得るような例が多いんです。

―『すみゆめ』も、アサヒビールの企業メセナで『アサヒ・アート・フェスティバル(AAF)』の一環で開催されていた『すみだ川アートプロジェクト』を、墨田区が引き取った形ですね。

岸野:アサヒ・アートスクエアがあったことは、墨田区にもいい影響があったと思いますよ。地方のアートセンターや、区内のほかのプロジェクトの方々と知り合う機会がたくさん生まれていました。

土谷:アサヒビールがメセナでやっていたことを墨田区が部分的にでも引き継いだのは、プロジェクトの公共性が認められてうれしい反面、次に『すみゆめ』がどうするのか、という部分を見てみたいなとも感じています。

岸野さんのおっしゃるように、地方とのネットワークは『AAF』の強みでしたよね。『すみゆめ』は墨田区だけのプロジェクトになったようにも見えてしまうので、地方とのインターローカルなネットワーク的部分をもう少し見たい。

例えば、葛飾北斎に縁やゆかりのある青森県弘前市のねぶたと面白いコラボをしたりもしていますが、市民レベルでのもっと細やかなネットワークを紡いでいくこともありかなと。

―『すみゆめ』自体は、「隅田川」か「葛飾北斎」をテーマにしていれば、墨田区外でも公募に参加できます。ですが周知が足りていないのか、まだ数は少ないみたいです。

岸野:『隅田川怒涛』も都のプロジェクトですよね。東京には「川」という大きな資産がありますので、これをうまく使わない手はないです。

流通の要だった河川の周りには、世界的に倉庫が多いんです。それをシアターとして活用しエリア一体を演劇の街にする、といったように世界各国がこの倉庫の使い方を工夫していますが、日本の場合は河川や川辺を活用できていないですね。私はこの言葉を行政に働きかけるときにしか使わないですが、ものすごい「観光資源」ですよ(笑)。

文化の潮流は川にあった!

岸野:ここ面白いのに全然使われていないな、という場所はいっぱいあるんですよ、旧中川の辺りとかね。あと、墨田区の北端の元カネボウがあった場所で、その前は向島撮影所があった周辺なんかはとても使い道がある。海外だったら非合法でパーティーやっちゃいますよね(笑)。

それを合法的に、ちゃんと申請して住民に開かれたイベントができたらとても面白くなる。そんなことをいつも自転車で走りながら考えるのが好きなんです(笑)。

土谷:自転車はいいですよね。街をスキャニングしていくような気持ちになります。そういう意味で、もう一度モビリティーにも川を使ってほしいなと思います。墨田区がもう少しスローライフになったら、横十間川とか小さな川がいっぱいありますから、通勤などの移動手段の一つにできたら豊かさは向上する気がしますね。

岸野:横十間川は、何でそこ塞いじゃったのよ!というところがありますよね(笑)。小さな船舶でも通れるようにしておけば、そのまま亀戸までぐるっと行けたのに。ミラノやユトレヒト、アムステルダムみたいなことがいくらでもできたのに、非常にもったいない気がします。

水害などの安全性の問題があったんだと思いますが、今の高い技術で、安全性を確保しながら文化資源として活用していくということを墨田区はもっとしていけたらいいですね。むしろ、震災などの際に河川を使って火災の延焼を防ぐ防火、消化設備さえ可能だと思います。

―通勤ルートに船があるのは最高ですね。そういう意味で墨田区には、川という大きなポテンシャルがあるんですね。

岸野:文化の潮流は川にあった!(笑)。川が文化を育むということはあると思います。実際、元から面白い人たちもたくさん住んでいますし、最近また随分多くのアーティストが墨田区や江東区に引っ越してきています。

ロンドンやパリだと、だいたい3年から5年周期でスイートスポットが変わるじゃないですか。今どのあたりが面白い、みたいな。東京はずっと渋谷とか下北沢とかに一極集中で、文化的に未成熟な感じがしていましたが、ようやく文化的な拠点が推移していくということが起こり始めたのかなという気がしています。その方が絶対に面白いし、若い人たちが新しいことを始めるチャンスはそこにありますからね。

今は京島なんかがすごく面白い。これからまだまだ、そういうことが起こるといいですね。

―そういう文化拠点が都市の中で推移していく時、岸野さんや土谷さんがまいてきた「自発性の種」が、墨田区にとってはアドバンテージになるかもしれません。

2019年の『どんどこ!巨大紙相撲』の映像を見ていると、「行司軍配差し違え」で勝敗結果がひっくり返るシーンがありました。子どもたちがすごく盛り上がっているのが印象的なんですが、「物言い」というのもれっきとした自発性ですよね。

岸野:物言いは面白いですよね。ルールにのっとりながらも、ちゃんとみんなで検討するということですからね。

土谷:先週も愛媛県の小学校で巨大紙相撲をやってきたんですが、やっぱり子どもから物言いが出るわけですよ。プログラムが終わって、僕はもう軽トラで帰ろうというときだったんですけど、子どもが駆け寄ってきて「あの時のあれは絶対に違う」って、めちゃくちゃ根に持ってる子がいて(笑)。

でも、ある種の批評精神というか、小さいコミュニティーではありますけど、発言できる場を作るということも重要だと考えて、物言いは常に受け入れています。

岸野:『どんどこ!巨大紙相撲』は国技館主催でやってもいいくらいですよね。コピーライトの問題がありますけど(笑)。ハリウッドでも絶対に実現できない「ウルトラ兄弟VSアベンジャーズ」みたいな対決が見られたりして(笑)。

土谷:今年も、まだリリースされていないマーベルのキャラクターがいて、大丈夫かなーって思っています(笑)。

プロフィール

土谷享

1977年埼玉県生まれ、現在は高知県在住の美術家。2001年からは、車田智志乃とのアーティストユニットKOSUGE1-16としての活動を開始し、現在はこれまでの活動コンセプトを引き継ぎ、土谷が代表として活動している。主なプロジェクトには『THE PLAYMAKERS』(mac birmingham、2012)や『ネイバーランド』(北條工務店となり、2019)など。参加型の作品を通して、参加者同士、あるいは作品と参加者の間に「もちつもたれつ」という関係を創り出している。2008年には墨田界隈の職人たちと制作した『サイクロドローム ゲームDX』で、第11回 岡本太郎現代芸術賞展の岡本太郎賞を受賞している。

岸野雄一

1963年東京都墨田区押上生まれ、その後も押上で育つ。音楽家やオーガナイザー、講師、アーティストなど、多方面で活躍。これらの活動を包括する名称としてスタディスト(勉強家)を名乗る。コンビニエンスストアでのDJイベントや盆踊りの現代風アップデート、公園でレコードを鑑賞する『アナログ庁』の開設など、岸野の活動は東京のアンダーグラウンドシーンで常に話題に。制作総指揮と主演を務めた音楽劇『正しい数の数え方』は、文化庁第19回メディア芸術祭エンターテインメント部門で大賞を受賞した。

おすすめ
    関連情報
    関連情報
    広告