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東京を創訳する 第17回『歌舞伎ー昔と今(3)』

文化人類学者、船曳建夫の古今東京探索

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テキスト:船曳建夫

 戦後、歌舞伎はやるせないほど廃れていた、という話はすでにした。その後は、というと、前回書いたように1960年代の後半に、三之助(市川新之助(十二代目市川団十郎)、尾上菊之助(今の菊五郎)、尾上辰之助(今の松緑のお父さん)の3人)が現れ、次いで孝玉コンビ(片岡孝夫(今の仁左衛門)と坂東玉三郎)が人気となり、客が戻った、と簡単な話で終わってしまう。皆関係者は「伝統が消滅するのか……」と、焦って右往左往していたのだが、スター誕生で暗雲はすべて消し飛んだ。

 この日本列島はそんなところがある。「狂言」というものも、誰も見なかったし、誰も知らなかった、と等しい状態から、野村萬斎という若者が一人現れると、状況は一変して、狂言師を囲む「ディナーショー」が成立する。この日本列島では、「スター」という「人間」がなにしろ耳目を集める。だから不振を極めるジャンルを蘇生させたいのなら、スターを生むことである。そこには偶然もあるが、地盤が乾ききっては芽も出ない。戦後、歌舞伎がやるせなかった時代に、役者たちや松竹はじっと耐えて、枯死を切り抜けていた。それは賞賛に値する。

 それに加えて後で紹介する、松竹経営の歌舞伎座が建て直さなければいけなくなり、それによる数年の空白がどうなるか、と思ったのだが、2010年に閉場する前に16ヶ月(前代未聞!)にわたる「さよなら公演」を打ち、ほぼ3年の後、2013年の開場に当たり、これまた12ヶ月の「柿葺落(こけらおとし)公演」を行い、再び客足を取り戻した。それからは、役者の艶聞や不幸までも、すべて歌舞伎上昇の二段ロケットとなり、今に至る。

 こうしたことも、江戸以来の歌舞伎というジャンルにとっては、変わらぬ姿なのだ。古典の「芸」とかを賞揚する人もいるが、エンターテインメントとして面白いか否かが存続の核心であり、そのためには、「役者」という個人の努力に支えられた「華」が必要なのである。しかし、上がったものはいつかは下がる。歌舞伎の隆盛がいつまでも続くことはない、はずだ。下がったとき、それを歌舞伎役者の家が支えるのか、今度は国が支えるのか。それは今からは分からない。観る側としては、栄えている今の内に歌舞伎を楽しむに如くはない。

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 さて、その歌舞伎をどうやって観ればよいのか。初めて歌舞伎を観ようとしているあなたにその方法を伝授する。

1)どこに観に行くか。東京都中央区東銀座にある歌舞伎座がよい。松竹の宣伝をしているわけではなく、詳細は省くが、最初に観るのならそこがよい。

2)何を見るのか。まずは「歌舞伎座」のウェブサイトでチェックする。今月、来月、再来月、と出ていたら、再来月くらいの、切符がまだ売り出されていない公演の方がよい席を取れるのでお勧めする。昼の部、夜の部、とあるが、どちらも都合がつくとしたら、演目は知っていたり、好きだったりする役者が出ているのを選ぶ。多少なりとも舞台に親しみが湧く方が「古典」というハードルを克服するのに助けになる。週刊誌やテレビで見ていたりする人が、生身で出てきて「実演」するのは見て面白い。

3)ひとつの公演に3つか4つの演目が並んでいたら、その中に、古典ひとつと踊りがひとつあるかどうかを確認するとよい。「古典」は分かりにくくても、わざわざ歌舞伎に行くのなら「古典」を見なければ意味がないし、「舞踊」は分からなくても観ているだけで面白い。

4)その「古典」、「舞踊」など、どうやって見分けるかといえば、インターネットで調べる。題名を見ただけでは、「義経千本桜ー渡海屋」なんて、まず漢字からして読めないが、インターネットにある説明を読めば、「古典」かどうか、踊りかどうかは分かる。それ以上、実際に見て面白いかどうかは運を天に任す。

5)切符はどうやって買うか。インターネットで買える。そこは映画と同じだが、当日券で買うものではないことは言っておく。席の良し悪しによって見え方が違うから。歌舞伎の劇場は映画館よりはるかに大きいので、人物は遠く小さい。映画のようにアップされたり、野球みたく大型スクリーンでリプレイがあるわけでもない。一等席から三等席まで、値段は違うがそれぞれの券種で、舞台に近いところを選んだらよい。近い方でも、どちらかというと、1階席では左の方、3階席では右寄りがよい。ここでは説明しないが、歌舞伎には「花道」というのがあって、そこが見やすいからだ。一幕見は、慣れている人か、観光客が歌舞伎「経験」をしに行くもので、歌舞伎を見ようとする初心者には勧めない。

6)当日、歌舞伎座に行ったら、イヤホンガイドというのを借りるとよい。実際に舞台上で進行していることの解説をしてくれる。録音ではなく、劇場のどこかで舞台を観ているプロによる「実況解説」である。これは世界の劇場でもあまりない。プログラムはちょっと高価なので、歌舞伎見物の記念品としてならお勧めするが必要とは思わない。

7)後は、ただ観ているだけでよい。セリフはときおり分からなかったり、伴奏の声楽もその言葉が聞き取れなかったとしても、それは気にしないことだ。何度も来ている人だって、細かいところまで分かっているわけではない。それでも、観ていれば、舞台で何が起きているかは大体分かるし、役者の素早い動きには感心するし、衣装や仕掛けには目が奪われる。それ以上、自分に「課題を与えたり」しないこと、コツはぼやーっと見ることである。

 これ以上書くと、「うんちく」が長くなり見る気が失せてしまう、ので、ここで唐突に終わることにする。もし万が一これ以上、初めての歌舞伎の準備をしたかったら、拙著『歌舞伎に行こう!』(海竜社)を読むとよい。

 見終わって、なんか分からなかったけれど、面白かったら、それははまった、ということ、また行くことをお勧めする。退屈でつらかったら、行く必要はない。またはあなたが若かったら60歳を過ぎるまで待って、もう一度トライすること、今度ははまるかも知れない。

船曳建夫(ふなびきたけお)
1948年、東京生まれ。文化人類学者。1972年、東京大学教養学部教養学科卒。1982年、ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程にて人類学博士号取得。1983年、東京大学教養学部講師、1994年に同教授、1996年には東京大学大学院総合文化研究科教授、2012年に同大学院を定年退官し、名誉教授となる。近著に『歌舞伎に行こう!』(海竜社)を2017年1月13日に発売。高校生の頃より歌舞伎を観続けてきた著者が、いつかは歌舞伎を見たいと思っている人に向けて、ガイドしているエッセイ集だ。ほか、著書に『旅する知』など。

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