コミュニケーションツールとしてのゾンビ
蒼白な顔面、ただれた傷跡、ほどけた包帯とボロボロの衣服、力なく前に伸ばした腕と、引きずるように歩く脚……ほら、ゾンビのお通りだ。
ゾンビの起源を辿っていくとカリブ海のヴードゥー教に行き着くようだが、しかし現代的な「ゾンビ」は1960年代末期のイタリア生まれのアメリカ育ち――言うまでもなく、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』(1968年)、『デイ・オブ・ザ・デッド』(1985年)など一連の作品でゾンビを世に知らしめた「ゾンビ生みの親」、ジョージ・A・ロメロ監督の功績である。ふりかえってみれば19世紀がフランケンシュタインを生み、20世紀がドラキュラを生んだように(ブラム・ストーカーの原作発表は1897年)、20世紀が生んだ最大のモンスターがゾンビだったのかもしれない。
フィリピンの刑務所で踊られる『スリラー』から、メキシコシティの毎年恒例ゾンビ・ウォークまで、いまやゾンビのいない国を探すほうが難しいが、ここ東京でも月に一度、ゾンビが大量発生しているのをご存じか。六本木にあるフェティッシュバー『CROW』で開かれている『ゾンビバー』がその舞台というか、感染源だ。
通りの向かいは六本木ミッドタウン、すぐ近くにはメルセデスベンツのショールームという、東京でもっともスノッブかつゾンビには不向きに思えるロケーションで毎月最終日曜日、それも深夜ではなく昼間という、これまたゾンビにはもっとも不向きな時間に開催されるゾンビバー。こんな場所で、こんな時間に……と訝りながらドアを開けた瞬間、「いらっしゃい~~」とくぐもった声を出しながら、ぶらぶら腕を伸ばして迫ってくる(出迎えてくれる)。
お互いに「1号」「2号」とナンバーで呼び合う「ゾンビーナ」たちが、ゾンビバーをスタートさせたのが2010年のこと。ロメロ監督のゾンビ映画が大好きだったゾンビーナ1号と、B級ホラーコメディの怪作『ゾンビストリッパーズ』がお気に入りのゾンビーナ2号が、ゾンビ・マニア同士で意気投合。友人主催のハロウィーン・パーティでゾンビ姿を披露したのが大好評だったのに気をよくして、当時1号さんが働いていた新井薬師のスナックで「ゾンビ・ナイト」を開催するように。しかし、新井薬師では場所が地味すぎということで2011年6月から六本木に移転。以来、毎月欠かさず続けるうちに、ゾンビーナたちもすでに「30号を超えました!」というから、その感染力は侮れない。
日曜の昼間の六本木にゾンビなんて……と思いきや、午後3時のドアオープンとともに、お客さんが来る、来る! あっというまに満席になり、入店した瞬間にかわいらしいゾンビーナから「ウェルカム・ゾンビハグ」されたものの、席がなくて立ち飲み状態というお客さんで、店内は満員電車状態だ。
運良く席に座れたら、「ゾンビの生き血」だとか「ゾンビの胆汁」なんてオリジナルカクテルを注文、「ゾンビの手の煮込み」「ドライ乳首とドライ脳みその盛り合わせ」とかをつまみつつ……「1回500円の体験ゾンビメイク」してもらうのが定番コース。
たった5分か10分で、あっというまにゾンビに変身させてもらうと、だれもがいきなり態度かわっちゃうのがおもしろい! それまで静かにカクテルすすってるだけだったひとが、唐突に店内をゾンビ歩きしてみたり、友達と携帯写真撮りあってギャーギャー(ウゴウゴか)騒いでみたり。ゾンビの真似って、女装とかよりはるかに簡単。トレーニングしなくても、だれでもできちゃうんですねえ。
変身して遊ぶという意味では女装パブにも近いけれど、女装よりはるかに敷居が低くて、もちろん女性でも楽しめて(というか女性のほうが楽しんでるし!)、自然に(?)ポーズも取れるのが、ゾンビの特長。日本人ってゾンビ好きなんですね~、と聞いたら、「いえ、万国共通なんです!」とゾンビーナ1号さんに教えられた。ゾンビーナたちは代々木公園や新宿2丁目などで、集団ゾンビ・ウォークを披露することもあるのだが、そういうときにはけっこういろんなひとが飛び入りしてきて、「それが欧米人だと、やっぱりゾンビ・メイクが似合うから、悔しいけどかっこいいんですよ!」。
ひとときゾンビになりきって、ギャーギャー騒ぎながらゾンビーナちゃんたちと遊んで遊ばれて、帰り際にメイクを落としてもらって、「大日本ゾンビ協会会員証」までもらって、すっきり帰宅。こういう、大のオトナがバカやって遊べる場所って、もしかしたらすごく貴重かもしれない。初めてのお客さん同士でも、ゾンビのメイクをした瞬間に友達感覚になっちゃうし、男女も関係なし、国籍も関係なしで、言葉が通じなくてもゾンビっぽいボディランゲージでOK。ゾンビって、すごく便利なコミュニケーション・ツールだったんだ! もともと火葬文化の日本では、お化けはいても、土葬のゾンビというのは「外来種」だったはずだけど、これだけ馴染んでいるのを見ると、ゾンビ菌のパワーにちょっとびっくりする。
ちなみに1月末までは、新宿にできたフェティッシュ・アート・ギャラリー『新宿座』でも、開催中の『新宿秘宝館』にあわせて毎週土曜日に「出張ゾンビバー」を営業中。1980年代から2000年まで三重県鳥羽にあった秘宝館『SF未来館』の一部が、展示室いっぱいに再現されたフューチャー・エロ・スペクタクル・インスタレーション。そこにゾンビがからんで、わけのわからないエログロ・エンターテイメント空間になってます。もちろん体験ゾンビメイクもありなので、読者のみなさんもインスタント・ゾンビに変身して、ゾンビーナとエロ人形と記念写真撮っておくべし! こんなチャンス、二度とないと思います……。
テキスト・写真 都築響一