今じゃ当たり前にあるものが当たり前じゃなかった頃の話
ー『空からの力』が発売された1995年からの20年間で、日本のヒップホップは、例えば韻の踏み方やスタイルなど、様々な面で変化してきました。今再び『空からの力』がひとつの作品として聴かれることについて、例えば若いリスナー層にはどう響くと思いますか。
Kダブシャイン:確かに最近はSNSとかがあるから、色々な人がどう いう風に聴いているか見えるようになったじゃないですか。韻の踏み方にしても、いままではフリースタイルやラップやってる人たちの中で、あいつは硬いだの 甘いだのって話題になったけど、いまはリスナーの間でもそういう話題が共有されるようになっていて、そういうとこを楽しみにヒップホップを聴いてる人も増 えた。当時(90年代初頭)は、関係者の中だけで「ラップって韻踏むんだ~」って感じだったから評価も、あの人たちはよく踏むスタイル、くらいで止まって いたと思うんだけど、それが今はファンの中でライミングの楽しみ方や評価がしっかりできるようになった。そんな中で『空からの力』をいま聴き返して、20 年前にこんだけやってたんだな、とか、当時25、6歳のやつらがここまで色々考えて韻を踏んでたんだな、ということが響けば良いなと思う。
Zeebra:スティービー・ワンダーとか、ローリングストーンズとか、リ アルタイムで買っていない作品を何十年も経ってから好きになって聴きまくっちゃうとかあるじゃないですか。それと同じように聴いてもらえたら一番嬉しい。 音楽的に今このアルバムを再発することに意味がある、みたいなものはゼロです。ただ、20年経ったというだけ。
Kダブシャイン:音質の面では、当時やりたかったクオリティーのものが今回できたというのは大事だけどね。
Zeebra:当時は、うちらもマスタリングの重要性をあまりわかってな かったから、海外のヒップホップ作品と並べて聴くとどうしても音質面で聴き劣りするなと思ってたね。あとは、『空からの力』の時のビートの感じって、そん なに昔の感じはしないというか。90’s好きの若い子とか、SIMI LABとかと並べて聴いてもらえるんじゃないかな。今のアメリカのメインストリームとは違うけど、常にあるオーセンティックなサウンドだから。
ー『空からの力』がクラシカルな雰囲気を帯びているのは感じました。
Kダブシャイン:ジャケットに金縁がついたからじゃない?(笑)
ー今回のトークショーのテーマだった映画『ワイルド・スタイル』ですが、あれを今の若いヒップホップリスナーが観るとして、どこに着目したら面白いでしょうか。
Kダブシャイン:サウスブロンクスにいた数十人がやってたことが、そ の後形になって各地に種を蒔いたんだってことですよね。この人たちが、今あるヒップホップのムーブメントのフォーマットを作るために、毎日努力して曲作っ たりしてたわけですから。それを意識して観たら、発見や発明がいっぱい転がっていると思いますね。
Zeebra:今じゃ当たり前にあるものが当たり前じゃなかった頃の話というか。
DJ OASIS:今だとさ、ゴールド着けて、PVはお金かかってて、みたいなヒップホップから入ると思うんだけど、『ワイルド・スタイル』を観ると、(当時は)楽じゃなかったんだよね。本気でやっていた人たちが、小さいコミュニティで始めたものだったっていうことを認識してもらえたら。
Kダブシャイン:30年前はこんなに小さいコミュニティから始まってて、その後の広がり方を考えると、ヒップホップってなんなんだ?!ってなるよ。
Zeebra:Nasが『Illmatic』で『ワイルド・スタイル』を使ったように、ある時期までは世代間の断絶って無かったんだけど、2000年くらいから生まれた頃からMTVラップがある子たちが、ヒップホップが聴くようになると、感覚は変わるよね。
Kダブシャイン:そういう中で『ワイルド・スタイル』の時代を振り返るのは重要なんじゃないかな。
Zeebra:あとは、ニューヨークのヒップホップが一回権威を無くした時期を経ているわけだけど、例えば、当時でもサウスの連中がニューヨークのヒップホップを崇拝する図式とかあるじゃん。ディップセットとかをリル・ウェインが大好きで、その憧れを表明するみたいな。
Kダブシャイン:UGKがJAY-Zと『Big Pimpin’』やったときとかそうだったみたいね。
Zeebra:だから、ニューヨークのヒップホップが権威を取り戻すという ことはヒップホップにとってものすごく大切。だから、ASAP Rockyとかが、頑張っているのはすごく良いことだし、彼が成功したのは、ニューヨークのやつらみんなでASAPを担ぎ上げたから。彼の本名の由来に なったラキムまで一緒に盛り上げてたわけだから。そのLA版が、ドクター・ドレーが担ぎ上げたケンドリック・ラマー。
Kダブシャイン:ニューヨークのDJがニューヨークの曲をかけないみたいな時期があったからね。
Zeebra:最近になってズールー・ネイション(アフリカ・バンバータが創設したヒップホップDJ、MC、Bボーイ、グラフィティアーティストを中心とした関係者団体)に……
Kダブシャイン:リル・ウェインやNasが入ったり。
Zeebra:そう、そういうもう一度ヒップホップのオリジンを見つめ直す、みたいな空気は今どんどんできているのは感じるかな。
ーニューヨークの盛り上がりがそのまま日本のヒップホップシーンにも密接に関係してくる、という構造はやはりずっとあるんでしょうか。
Kダブシャイン:ヒップホップを凄く分かってるやつは向こう(ニュー ヨーク)のアンダーグラウンドなものにもアンテナを立ててるけど、(日本の)メディアは、アメリカのヒップホップが全米チャートとかビルボードとかに入っ てくるようになると、それを通してコレが売れている、って紹介するでしょ。そうするとやっぱ、聴いている側の意識は変わってくるよね。メインストリームば かり大きくなって、聴く方もそういうものが良い、となると。
ー現在の日本のシーンでも、そういったヒップホップの原初的なものへの意識が欠けているというか、抜け落ちているという感覚はありますか。
Kダブシャイン:あるある。『ヒップホップ家系図』って本が最近出た じゃない?当時のことを懐かしがりたい人たちと、若い子たちは当時のことにすごくハングリーで、その辺のことを知りたいと思う人が世界中で増えたんだと思 うんだよね。『ワイルド・スタイル』が今また出たのもそういうことなんじゃないかな。