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photo by Sakura Fushiki
毎年恒例の『KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭』が今年もスタートした。フランス人の写真家ルシール・レイボーズ(Lucille Reyboz)と、映画や舞台の照明デザイナーである仲西祐介(なかにし・ゆうすけ)が2013年に開始した同写真祭も7回目を迎え、数多くのアートイベントが開催される京都にあってもひときわ大きな存在感を示すイベントの一つとなっている。2019年の会期は4月13日(土)〜5月12日(日)の4週間。同時開催される『KG+』も合わせると計70ヶ所以上のヴェニューが会場になっており、とても全部は観て回れないかもしれないが、こちらのレポートを参考にして存分に楽しんでほしい。
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ユニークなヴェニュー
『KYOTOGRAPHIE』の魅力の一つに、京都という街ならではの独特な展示会場がある。今年も建仁寺の両足院をはじめ、老舗の蔵を利用したギャラリースペースなど、貴重な建築物が会場として選ばれた。作品そのものだけではなく、際立った空間と作品とが切り結ぶ関係もまた同イベントの見所といえるだろう。建仁寺両足院では、バウハウス100周年を記念して、モダニズムに計り知れない影響を及ぼした同校に学んだ写真家、アルフレート・エールハルト(Alfred Ehrhardt)の作品が紹介されている。
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また、赤いレンガに白い石を巡らせた、いかにも辰野金吾(たつの・きんご)らしい建築が目を引く京都文化博物館の別館では、キービジュアルにも使われている若かりし日の坂本龍一(さかもと・りゅういち)の写真を撮影した巨匠、アルバート・ワトソン(Albert Watson)の写真展が大々的に開催されている。アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Hitchcock)やデヴィッド・ボウイ(David Bowie)、ミック・ジャガー(Mick Jagger)など、著名人の幻惑的なポートレートに荘厳な空間が優美なオーラをまとわせている。
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KG+も忘れずに
すでに高い評価を得ている作家が多く出展する『KYOTOGRAPHIE』とは異なり、将来を嘱望される写真家やキュレーターの発掘と支援を目的に行われるサテライト企画が『KG+』だ。MATSUO MEGUMI+VOICE GALLERYなどの有力ギャラリーや、名和晃平(なわ・こうへい)らのアートピースを蔵するホテル アンテルーム京都、内閣総理大臣も務めた山縣有朋(やまがた・ありとも)の別邸「無鄰菴」などを含む、市内各所で開催されている。アワードも開かれており、前回のグランプリ受賞者である1994年生まれの顧剣亨(こ・けんりょう)が、今年は『KYOTOGRAPHIE』の出展者として祇園のSferaにて展示を行っている。ルーキーの活躍に今後も期待したい。
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5つの見逃せない展示
それでは結局どの展示を観ればいいのだろう。実際、各所に点在するヴェニューを全部制覇することは難しい。時間のない人のために、5つだけおすすめの展覧会をピックアップした。国際的に活躍する音楽家の原摩利彦(はら・まりひこ)によるビジュアルインスタレーションや、昨今注目を集めるキューバから世代の異なる3人の写真家を招いたキュレーションなど、ほかにも見るべきものは数多くあるが、今年の『KYOTOGRAPHIE』らしさをより表していると感じられるものを、訪問順序も考慮して独断と偏見で選出した。
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1. イズマイル・バリー『クスノキ』
@二条城 二の丸御殿 御清所
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まずは、フランスとチュニジアを拠点に活動しているイズマイル・バリー(Ismaïl Bahri)を観に、二条城へ向かってほしい。写真だけでなく映像や立体の作品なども制作しているアーティストで、自然界にある身近な物質の持つはかなさを気づかせてくれるような作品を発表している。会場である二の丸御殿御清所は、敷地内にある多くの建造物と同じく国の重要文化財として指定されており、普段は足を踏み入れることができない。派手さのある展示では決してないが、空間全体をカメラオブスクラに見立てた静謐(せいひつ)な暗闇のなかで観るバリーの作品は、その空間に応えるかのように一層の繊細さをたたえていえる。二条城の入り口までは、地下鉄の二条城前駅が最寄りだが、JR京都駅からはバスを使って20分ほど、JR二条駅からであれば徒歩でも20分ほどだ。また、『KYOTOGRAPHIE』パスポートを持っていても二条城の入場料が別途必要になるので注意してほしい。
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2. 金氏徹平『S.F. (Splash Factory)』
@京都新聞ビル 印刷工場跡
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昨年の『KYOTOGRAPHIE』でもローレン・グリーンフィールド(Lauren Greenfield)による刺激的な展示を行っていた京都新聞ビルの印刷工場跡では、京都市立芸術大学で教鞭(きょうべん)を執るアーティスト、金氏徹平(かねうじ・てっぺい)の『S.F. (Splash Factory)』が開催されている。彫刻作品でつとに有名な金氏は、会場である印刷工場の歴史にフォーカスを当てたインスタレーション作品を制作した。金氏らしいスカルプチャーに加えて、映像や音響も交差する同作品の印象は、写真展と聞いて想像するものからはほど遠いが、「新聞」というメディアの「紙」と「インク」という素材にピントを合わせている点で象徴的な作品だともいえるだろう。烏丸通りに面する同ヴェニューへは、京都駅も通る地下鉄烏丸線が便利だが、二条城から歩いても15分ほどだ。
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3. ベンジャミン・ミルピエ『Freedom in the Dark』
@誉田屋源兵衛 黒蔵
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今回の『KYOTOGRAPHIE』についての大きな話題の一つは、間違いなくベンジャミン・ミルピエ(Benjamin Millepied)の参加だっただろう。ダンス好きであれば「バンジャマン」の発音で親しんでいるであろうミルピエは、より一般的には2010年の映画『ブラックスワン』での仕事で知られている世界的に有名なコレオグラファーだ。舞台仕事のかたわら撮り続けていたというスナップも親しみやすさがあるが、会場1階の奥で展開されている作品は、ダンサーならではの躍動感と緊張感が表現されており、古い蔵をモダンかつシックに改装した会場が持つ空気の肌理(きめ)までをも感じさせる。2階にて上映されているビデオ作品にも、映像ならではのミルピエ振付を観ることができてダンスファンにはうれしい限りだ。会場の誉田屋源兵衛(こんだやげんべえ)へは地下鉄烏丸線の烏丸御池駅から徒歩10分ほど。
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4. ヴェロニカ・ゲンシツカ『What a Wonderful World』
@嶋臺(しまだい)ギャラリー
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同じく烏丸御池駅からすぐの嶋臺(しまだい)ギャラリーでは、1984年生まれのポーランド出身の写真家、ヴェロニカ・ゲンシツカ(Weronika Gęsicka)の展覧会が開催されている。社会主義国に生まれ、幼少のみぎりに母国の民主化を体験したゲンシツカヤが題材にしたのは、ストックフォトで購入したという華やかなりし1950〜60年代のアメリカにおける家族写真だった。ゲンシツカは、愛らしくファニーなモンタージュを施すことで、それら不自然なまでに「完璧」な家庭像にアイロニーを投げかける。展示会場に配された時代がかったインテリアも後押しして、ユーモアと居心地の悪さと、ポップさと不条理とが溶け合った、極めてチャーミングな展示に仕上がっている。
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5.『KG+ SELECT』
@元・淳風小学校
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先述の市内各地で展開されるサテライト企画『KG+』に参加するアーティストは数え切れないが、閉校になった小学校を利用したメイン会場では、『KG+AWARD』にノミネートされたアーティスト12組のみをピックアップして紹介している。レトロな小学校の校舎という特別な場をうまく活用した、意欲的な展示を一挙に観ることが可能だ。地下鉄烏丸線の五条駅からも、JR京都駅からも徒歩20分ほどという少しアクセスしづらいヴェニューではあるが、『KG+』を通して注目の若手を手っ取り早く知りたいのであれば好都合だろう。
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以上、駆け足で『KYOTOGRAPHIE』を概観したが、『KYOTOGRAPHIE』『KG+』のほかにも、言わずもがな京都の魅力は様々にある。せっかくなので、ほかに類を見ない文化都市で探索と発見を楽しんでほしい。