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ユニークヴェニューの可能性と、小箱クラブの未来

テキスト:
Kunihiro Miki
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「ナイトエコノミーはカルチャー再生の救世主となるか」というテーマを掲げたトークイベントが、11月28日に、ポルシェジャパンによるブランドエキシビション『SCOPES Tokyo』の一環として開催された。

登壇したのは、アーティストのSeihoと弁護士の齋藤貴弘。司会はタイムアウト東京代表でORIGINAL Inc.代表取締役の伏谷博之が務めた。トークイベントで語られた内容に触れる前に、まずは現在の東京における「ナイトエコノミー」と「カルチャー」の関係をひもといてみよう。

左から齋藤貴弘、Seiho、伏谷博之

この10年で何が変わったか?

この10年間で、東京のナイトライフとカルチャーを取り巻く環境は大きく変化した。2010年ごろから世界的にツーリズムが盛り上がりはじめ、さらに2013年に『東京2020オリンピック・パラリンピック』の開催が決定すると、外国人観光客に「刺さる」新たな観光資源の発掘や開発の一環として、国を挙げての夜間経済(ナイトタイムエコノミー)の振興が進められた。

東京の夜間経済の発展を目指すに当たって、2016年に実現した風営法改正は、それまで大半のクラブが違法状態での営業を強いられていた状態から脱却する大きなターニングポイントとされる。多様な人々が集まる遊興の場となり、音楽を中心に文化を育て、世界に発信する場でもあるクラブカルチャーの再興に、追い風が吹いたはずだった。

風営法が改正に向けて動き出すきっかけとなった、大阪のクラブNOONの摘発を取り上げたタイムアウト東京の2015年の記事

だが、「再生の救世主となるか」という議題が示す通り、開かれたはずの夜の世界には、まだこれといった変化は起こっていない。法改正によって立地や敷地面積に関わる要件が定められたことで、一部の小箱クラブは業態の変更や閉店を余儀なくされてしまった場面もある。

ユニークヴェニューの可能性

このトークイベントでは、そうした背景から、アーティストとして、時にはオーガナイザーとして現場からナイトライフとクラブシーンを見てきたSeihoと、風営法改正の立役者であり、改正後は行政と民間事業者の間に立ちながらナイトタイムエコノミーの振興を先導する齋藤、2009年にタイムアウト東京を発足して以来、グローバルとローカルの両極から東京のカルチャーとナイトライフを見つめてきた伏谷という3人が、ナイトエコノミーにおける文化的なコンテンツの活用について、クラブカルチャーを中心にした最新の事例を用いて話し合った。

序盤のキーワードとなったのは、「ユニークヴェニュー」だ。日本政府観光局の公式サイトによると「歴史的建造物、文化施設や公的空間等で、会議・レセプションを開催することで特別感や地域特性を演出できる会場のこと」と紹介されているこの考えは、欧米で多くの成功事例があることから、近年日本でも観光業界にとどまらず注目され始めている。

齋藤はその重要性について、11月に調査報告が行われたミュージックヴェニューやアートスペースに関するリサーチプロジェクト『Creative Footprint』のデータを用いて解説する。

東京のコンテンツは3都市で1位

アムステルダムのナイトメイヤー(夜の市長)Mirik Milanと、ベルリンのクラブコミッションメンバーLutz Leichsenringによって設立された同プロジェクトは、2017年にベルリンで、2018年にはニューヨークで実施され、今年初めて東京で開催された。

東京の約500件のヴェニューを対象に行われた調査では、「コンテンツ」「スペース」「フレームワーク」の3つの評価軸で採点が行われた。

「『コンテンツ』はクリエイティブで実験的なことができているか、またどういったコミュニティーが集まっているのか、『スペース』はヴェニューの多用途性に特に焦点を当てて、フレキシブルでユニークな使い方ができるか、『フレームワーク』はアーティストや事業者にとって適切な環境や構造が用意されているか、といった内容を採点、評価しました。

総合点では、東京は3都市で最下位でしたが、唯一『コンテンツ』のスコアだけはトップだったのです。対して、『スペース』と『フレームワーク』は最下位で、『フレームワーク』は特に低いスコアでした。つまり、面白いコンテンツはあるが、それらを表現する場所、取り巻く環境が整ってない、ということを意味しています。

欧米は発電所や教会をクラブにするなど、意外性を演出してユニークヴェニューをコンテンツ化するのがうまい」(齋藤)

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Sure is a warm day for all those black clothes 🙃 going in!

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ドイツ ベルリンにある、発電所をクラブにしたベルグハインは、ベルリン最大の観光地の一つになっている

「また、最近のナイトタイムエコノミーの中では、そうした演出の要素だけでなく、SDGsやダイバーシティーの文脈も内包させたものも増えてきています。環境負担が少ないパーティーをする、今あるものをかっこいいものに変えていく、コミュニティにフォーカスする、という場所の使い方がうまいんです。

東京の『フレームワーク』が低評価の要因として挙げられていたのが、『公共交通機関』『行政からの資金援助』『公共空間における文化活動』などでした。数字でこうした結果が出たことで、今後、例えば行政・法政や不動産開発をするデベロッパーに対しては『これだけ面白いコンテンツがあるんだから、もっと使っていきましょう』と言えるし、官庁に対しては『もっと法規制を適正にしてくれ』と進言することで、ユニークヴェニューの活用の幅を広げていけるかもしれません」(齋藤)


ハコは未完成でもいい?

世の中の需要はモノ消費からコト消費へ、ということは昨今各所で叫ばれ続けているが、ユニークヴェニューの話もそれと呼応するものだ。そのシフトチェンジが実現できていない状態から、いかに脱することができるのか。

伏谷は、都市開発的な視点で見ると、デベロッパーが大枠を作り事業者たちが使う、という従来の方法は古く、「箱よりも中身の時代になってきている」と指摘。その上で、クラブカルチャーにおける箱とコンテンツの関係について、Seihoに意見を求めた。

「場所とコンテンツの関係性はここ10年で大きく変わったと思います。僕らの周りはずっと強いコンテンツを作ることが重要と思ってやってきたけれど、最近では、結局集まれる場所って重要だよね、となっている状況がある。要するにオンライン上の情報は限定的で、リアルの場所があると情報量の密度が高い、ということだと思います。それによって中央集権的になって地方からスタープレーヤーが消えるという現象も問題としてありますが。

ユニークヴェニューについては、僕が11月2日に開催した『NOBODY』というイベントがあります。これはNODという解体が決まったビルの情報を集めている企業から、『ビル一棟を使って何かやらないか』と提案をもらって実現したものです。開催の7日前に話をもらって、5日目に共同の主催者たちとビルを内見し、3日前に告知、という急ごしらえでしたが、約400人のお客さんが集まりました。

『NOBODY』開催時の様子

仕込みのための時間がなかったので、ツイッター上で協力を呼びかけたんです。そうしたら、スピーカー持ってきますとか、動画編集やりますとか、何もできないけど運搬はできます、という人たちが集まってくれた。

みんな能動的なエンタメを求めているのかもしれない、という実感がありました。大きなフェスにいくよりも、小さくてもいいからイベントを作る側の方がみんなのテンションも上がるし、リアルさがある。なので、未完成のままでもいい、周囲への呼びかけはなるべくした方がいいのでは、思うようになりましたね」(Seiho)

「プロダクトも施設も、精一杯機能性の高いものを作るが、出来上がった瞬間にもう次のプロジェクトが走っていて、来年はもう古くなっているということがわかっている。あとは劣化していくだけ、というものよりも、これからの時代は未完成のままでもいいのかもしれない。一緒に面白くしていこう、という方がじわじわとなじんで交わってくる。そういうことが大事になってくる」(伏谷)


クラブ版ゴールデン街は可能?

東京の現場ですでに起こっている「コト」から得られるヒントはまだある。風営法改正によって「グレーから黒へ」変わってしまった店もある小箱クラブだが、齋藤はかねてから小箱の重要性と可能性を訴えてきた。トークは、小箱を軸にした今後の展開について話が及んだ。

「『Creative Footprint』の『スペース』の項目の評価を見ると、0〜100平方メートルのヴェニュー、いわゆる小箱の評価が高かったんです。昭和歌謡もあれば、アンビエントミュージックもある、その多様性は日本ならではです。

小さな空間というのは、日本人のオタク気質の部分、ひたすらこだわる性質が現れやすい。そしてそれを強みとしていくべきなんです。大きな箱の面白さもあるけど、小さいけどこだわりぬいた世界観を追求した場所をたくさん作っていくのが日本らしいかなと思います。こだわりゆえにハイコンテクストになってしまうものは、面白しさの反面、初見の人にとっては分かりにくいものです。エントリー部分を工夫して間口を広げることが必要になってくるでしょう」(齋藤)

原宿にある小箱クラブ バーボノボ

「大阪と東京を比べるだけでも、東京のクラブコミュニティーがいかに細かいかが分かります。

大阪だったら、ミニマルテクノもディープハウスも皆同じ輪の中にいるけれど、東京はミニマルテクノの中にさらに細分化されたコミュニティーがある。この細分化されたコミュニティーをそのままリアルの場に持ち込むことができたら、ゴールデン街のような面白さが生まれるんじゃないでしょうか。

大阪の味園ビルにはメイド喫茶の横にウイスキーのうまいバーがあって、その横にゲームバーあるというように、大量のチャンネルが用意されている。自分の行きたい場所にチャンネルをあわせていく、ということができるのが日本のコンテンツの面白さではないかと思う」(Seiho)


「違いが分かる」を強みに

「日本の音楽はこうです、と分かりやすく見せることはとても難しいです。しかし、DOMMUNEの宇川直宏さんが言っていたように、それは『日本人は世界一耳がいい』からなのかもしれません。違いが分かってしまうから、細分化する。その『違いが分かる』ことを強みにしたエンターテインメントを組み立てていくべきでしょう。

高城剛さんが10年前に予言していましたが、ライフスタイルとトラベルの境目というのはどんどんなくなってきていて、どちらも『体験』に取り込まれていく、という状況が現実のものになっています。ライフスタイルを観光に取り込んでいくことで、グローバルなコミュニティーづくりはもっと盛り上がっていくのではないでしょうか」(伏谷)

アジア各国の盛り上がりに対して、発展的な兆しが見えにくい状況の日本ではあるが、ことカルチャーにおいては、従来の方法にとらわれない遠近両方の視点を持つことで、まだまだ再生の余地がありそうだ。


『SCOPES Tokyo』の詳しい情報はこちら

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