たった5匹の「それ」を獲るのにかかる時間は約10時間。その上、店では生きているものしか使わず、非常に繊細なため扱いが難しい。それでも2代目の大将が続けてきたのは「自分がやめれば、一つの食文化が途絶えてしまう」から。ここは日本で唯一のワタリガニ専門店「割烹 松屋」だ。
ワタリガニ=小さなカニといったイメージを持つ人が多いかもしれないが、松屋の水槽に鎮座しているのは、えりすぐられた大きなものばかり。この立派で新鮮なワタリガニを堪能するには、コースがおすすめだ。「雅コース」(3万800円、税込み)は突き出しに始まり、刺し身、「ほぐし身サラダ」「塩焼」「酒蒸し」、そして「カニ飯」に「冷し」と、その魅力を全方位から楽しむことができる。
ほぐし身サラダで使用されるのは、25種類以上もの野菜。トマトのエスプーマ、土佐酢のジュレがあしらわれた姿は色彩も豊かだ。一口食べるごとにほぐし身との新たなハーモニーが生まれ、最後まで感動が続く逸品である。
また、塩焼も必食だ。香ばしさに包まれながら、静岡県産の天然粗塩が引き出したわたりがにの濃厚な甘みに舌鼓を打つ、まさに至福の時。酒好きなら、最もだしが出る部分を追求し生み出すのに4年かかったという「カニ酒」もぜひ試したい。
伝統と革新の絶妙なバランスは、ひとえに大将のたゆまぬ努力ゆえ。「最近は20代の若いお客さんが増えてきている」というのにも深く納得だ。完全予約制なので事前の電話は忘れずに。