『大阪万博』は現代音楽家たちの祭典だった
『大阪万博』から50年目となる2020年2月、東京都品川区にある天王洲エリアで50周年記念展覧会が開催された。このとき宇川は『大阪万博』にまつわるさまざまな音源を記録したオープンリールテープをもとに、『NO BREATH/EXPO70 EDITION』という作品を発表。制作に当たっては、音楽評論家の西耕一とともに、大阪府日本万国博覧会記念公園事務所から提供された1000本以上ものオープンリールの発掘作業を行い、1970年当時の音の記憶と向かい合った。
「開会式などが開催された『大阪万博』のメイン会場のお祭り広場や各パビリオンには、多くのスピーカーが埋め込まれていた」と宇川は説明する。
「大阪万博は“人類の進歩と調和”をテーマに掲げたイベントだったので、当時の先端テクノロジーの全てがそこに存在していました。モーグ・シンセサイザー(MOOG)はもう市販されていて、電子音楽が実験的側面を極めた時代です。例えば、鉄鋼館の床には1008個のスピーカーが埋め込まれていました(笑)」
「その空間を使ってどういう音を作曲するか、名だたる現代音楽の作家たちが頭を悩ませました。万博期間中、その全ての音が録音され、1970年以来一度も再生されていなかったオープンリールが大量に残されたのです。一柳慧さんや秋山邦晴さん、小杉武久さん、松下真一さんが作曲したミュージックコンクレート(音響・録音技術を使った電子音楽の一種)や電子音楽も入っていた。50周年記念展覧会の僕の作品『NO BREATH/EXPO70 EDITION』では、そのような膨大なアーカイブを世界で初めてエディットしました」
「それら歴史的な音響作品を脱構築したデータを、波形と振動がもみ玉にシンクロさせることができる僕のマッサージチェア作品にインストールし、EXPO70の音で体を揉まれる作品を展示しました。さらに、マッサージチェアを体験する前の待合室の空間で、それら著名人が発声したボイスの間や呼吸を全てカットして会場に流したんです」
「間と呼吸を奪われた意思疎通が不可能な窒息状態から避難して、電子音楽で体を揉まれる体験を提供しました。単なる鼓膜の振動だけで万博を味わうのではなくて、全身の筋肉、そして毛穴から楽曲を味わう作品です」
宇川が話すように、1970年の『大阪万博』では現代音楽のさまざまな作曲家が作品を発表した。武満徹、高橋悠治、湯浅譲二、松平頼暁、ヤニス・クセナキス、カールハインツ・シュトックハウゼンなど、信じられないような顔ぶれである。なぜ『大阪万博』では現代音楽が前面に押し出されたのだろうか。
「当時、ミュージックコンクレートとして、具体音を磁気テープでエディットし、作曲するという行為自体がめちゃくちゃ新しかったし、60年代から70年代にかけてミキシングのテクノロジーが進化したんですね。それこそ、ライブせずにレコーディングバンドになっていく後期ビートルズの時代です」
「万博はその少し後の時期で、大衆の中に現代音楽の方法論が定着し始めた時期でもありますね。(万博は)科学技術の展示会でもあるし、だからこそこぞってどのパビリオンも自国の現代音楽家を押し出していたのです」