「2025年日本国際博覧会」(以降、大阪・関西万博、万博)における中核事業に、テーマ事業「シグネチャープロジェクト(いのちの輝きプロジェクト)」がある。これは、各界で活躍する8人のプロデューサーが主導し、展示パビリオン「シグネチャーパビリオン」とイベント「シグネチャーイベント」をリアル会場・バーチャル会場で展開するというものである。
シグネチャープロジェクトから得られる体験は、人々に命を考えるきっかけを与え、創造的な行動を促す。また、他者のため、地球のために、一人一人の小さな努力の始まりを促し、その重なり合い、響き合いが人を笑顔にし、ともに「いのち輝く未来社会をデザインすること」につながっていくものを目指すという。
今回はその中でも、テーマ事業「いのちを響き合わせる」におけるプロデューサーである宮田裕章に話を聞いた。彼が手がけるシグネチャーパビリオンには一体どんな思いが込められているのか、また、そこではどんな体験ができるのだろうか。
Photo: Hiroaki Miyata
「共有」が価値を持つ時代の「Better Co-Being」
―宮田さんは、全国5600以上の医療施設が参加する手術症例のデータベース「National Clinical Database(NCD)」の開発や、コロナ禍に厚生労働省とLINEが実施し、累計9000万以上の回答を集めた「新型コロナ対策のための全国調査」を主導するなど、医療政策をベースにしたデータサイエンティストとして知られています。今回の大阪・関西万博で宮田さんが担当するシグネチャーパビリオンのテーマは、「いのちを響き合わせる」。まずは、このテーマに対する宮田さんの思いについて教えてください。
分かりました。人類の歩みに変革をもたらしたのは、「技術」です。農業革命から始まり、産業革命があって、情報革命が起きました。1970年の大阪万博(日本万国博覧会)は、産業革命によって世界が大きく変わっていくところに日本の人々が未来を感じ、熱狂した瞬間だったと思います。
今回の万博は、情報革命というこれまでにない変化の中で世界全体が模索を続けている今、どうやってともに未来を見るのかという問いがすごく重要になるタイミングだと思っています。
―情報革命は、農業革命や産業革命とどう違うのでしょうか?
農業革命は土地を持つこと、産業革命はお金を持つことが目的になっていました。食料も産業革命を支えた化石燃料も、食べたり使ったりするとなくなってしまう限られた資源なので、「排他的な保有」が有利になるからです。
しかし、情報革命で扱われるデータは共有することで力を発揮します。それは、コロナ禍において遺伝子データを共有したことでワクチンの開発が加速したり、インターネット上で共有される情報によって生成AI(人工知能)が爆発的に成長していることからも明らかです。
―独占ではなく、「共有」が価値を持つ時代に「いのちを響き合わせる」とは?
情報革命という転換点の渦中にある世界には多くの混乱がありますし、不均衡、不平等は厳然として残されています。それを踏まえた上で、未来にどう向かっていけばいいのかをともに考えることで一歩前進できるのではないかという思いから、「いのちを響き合わせる」というテーマに合わせて、「Better Co-Being」という言葉を掲げました。
万博という世界中の人たちが集う場でアイデアを共有し、議論を深めながら、よりよい未来を目指してともに創り、ともに生きることを考えるきっかけになればいいと思っています。
人生を変えた『モナリザ』
―宮田さんが「Better Co-Being」という言葉に代表される共生や共創に関心を持った背景について教えてください。
私にとって大きな契機になったのは、東京大学医学部健康科学科で学んでいた20歳の頃、パリの「ルーヴル美術館」で観たレオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』です。ダ・ヴィンチには謎が多く、確定的なことは言えないのですが、彼は最後まで『モナリザ』に手を加えていたといわれており、彼が手がけた全ての仕事がモナリザにつながっているという説があります。
実はルーヴルに行くまでモナリザの魅力を感じたことがなかったのですが、実物と向き合った瞬間、絵と目線が合ったような、微笑みが結ばれたような感覚に衝撃を受けました。その時に考えたんです。こんな凄まじい体験を作って、彼は一体何がしたかったんだろう?と。
―宮田さんが出した答えは?
人間の赤ん坊の視力は50センチといわれています。赤ん坊は他者の補助なしでは生きられないので、保護者に抱かれながら育ち、その過程で「目が合う」という体験をします。その時、保護者から笑いかけられることで生じる肯定的な感情から、いろいろな方向に手を伸ばして自分の世界や人格を形作っていきます。
あるいは、人類は狩猟採集社会よりも以前から、コミュニティーを作り、人と人の絆を育んできました。人と人の肯定的な感情が結ばれることで人類の文化、文明が築かれたのだと思います。
そう考えると、何万年も前から、あるいはこの先何万年も、人類にとって普遍的に大事なことは、肯定的な感情で微笑みを結ぶことなんじゃないかと思いました。あくまでも私の解釈でしかないんですけど、それはまさに、『モナリザ』が表現していることで、私も将来、そういう仕事がしたいなと思ったんです。
今では、サステナビリティとウェルビーイングが調和する中で、より良い未来を目指すことが自分の取り組むべきテーマだと考えています。それが、「Better Co-Being」という言葉にもつながっています。
Photo: Hiroaki Miyata
屋根も壁もないパビリオンと「静けさの森」
―宮田さんがプロデュースするシグネチャーパビリオンは、世界的建築家ユニットのSANAAが手がける「屋根も壁もないパビリオン」になるそうですね。どういう着想があったのでしょうか?
伝統的な建築は、所有者と所有者の境界を示しながら、閉鎖環境を作ってある種の力を誇示するものが多いと思いますが、私は「共有」が価値を持つ情報革命の時代にふさわしいパビリオンを構想しました。多様な人々、多様な世界とのつながりを感じながら、ともに未来を見るという体験をできないかと考えたのです。そのために、SANAAの2人と相談しながら、万博会場の中央にある「静けさの森」とシームレスな空間に、雲のような構造物を浮かべるパビリオンを作ることにしました。
―雲のような構造物とは?
すごく細いステンレスを格子状に組んだファサードで、下から見上げるとまるで雲が浮かんでいるように見えるんです。角度によっても、天候によっても空の見え方が変わります。例えば、曇りの日は空に吸い込まれるような感覚になるんですよ。それぞれの立ち位置や目線によっても景色が変わるけど、空は一つという思いが込められています。訪れた人に浮遊感と解放感を与えるようなパビリオンになったのはSANAAのすさまじい力量によるもので、本当に素晴らしい完成度だと思います。
―宮田さんは、パビリオンと合わせて「静けさの森」の構成も担当しています。この森はどのような位置づけになるのでしょうか?
「第4回パリ万博」の時に建てられたエッフェル塔を筆頭に、これまでの万博は中心に人工物を置くことが多かったんです。今回は、万博会場デザインプロデューサーの藤本壮介さんと話し合いながら、特定の建築物ではなく「生態系」をお招きすることにしました。情報革命の本質が「つながり」であるように、生態系とのつながりの中で未来を考えようということです。
静けさの森には、周辺の森で間伐される運命にある木を集めて移植します。その森に、地球と生物多様性、平和と人権、健康とウェルビーイングなどについてともに考えるきっかけになるようなアート作品を置いて、来場者が未来を感じる場にしたいですね。
Photo: Expo 2025 Forest of Tranquility
―パビリオンや静けさの森を訪ねると、どんな体験ができるのでしょうか?
パビリオンや静けさの森で一緒にキュレーションを担当している「金沢21世紀美術館」館長の長谷川祐子さんとともに、アート、歴史、地政学などの文脈から、今の社会においてどういう問いを立てるべきかを含めて、検討しています。
表現のディテールを含めて最終調整をしなくてはいけないのでまだ明かせないことも多いのですが、日常にもある体験のようでありながらも、デジタルのつながりの中で見え方が変わっていくようなものを共有する計画です。
みんなが同じ体験をするのではなく、人によって違うものを感じるけれども、その中でどう忘れがたい体験にするのか、感動できるものにするのかを追求したいですね。
最大多数の最大幸福を追求するような夢の共有の場とは異なる、最大多様の最大幸福につながる体験になるといいなと思っています。