作家、開高健が通ったことで知られる老舗。元サントリーの社員でもあった開高は、グルメ、バー業界に大きな影響を及ぼしたことでも知られる。1977年の開業時は、「木家下(こかげ)バー」の名称で一ツ木通りを挟んで向かいのビルに位置しており、5階に辿り着くとアメリカ禁酒法時代のスピークイージーにあった「Judas(覗き窓)」から創業オーナーの故木家下正敏がぎょろりと客をあらためていた。
ビルの建て替えとともに現在地に移転したが、カウンター、店の扉、椅子にいたるまで、すべて移築されており、開高が常連だったころの空気感のすべてが残されている。L字型カウンターの奥から2番目は「開高シート」と呼ばれ、「Noblesse Oblige~位高ければ、努め多し~」と氏のひと言が刻まれたプレートが残る。オーナーと氏が開発した通称「開高マティーニ」は、マイナス25℃でジンをキープする冷凍ストッカーあってこそ。35年前はまだ珍しかったが、オーナーはこのマティーニのため購入したと言う。
12年にオーナー夫人が引退後、「すべてを引き継ぐ」という条件で、現オーナーがbar kokageとして継承。カスミソウが飾られたカウンターでマティーニを傾け、書物を紐解いては「くくく」と笑いを漏らし、文豪を気取ってみるも良し。しかし、もちろん、そればかりがこのバーの魅力ではないことを、あらかじめ断っておく。
タイムアウト東京 > ナイトライフ > 東京、ひとりで訪ねたいバー15選
ひとりになりたいときがある。そんなときのためにこそバーがある。腰を落ち着けるカウンターがあり、美味い酒があり、時としてマスターの酸いも甘いも知るトークがある。愉しいとき、愉快なとき、苦しいとき、哀しいとき……。どんな人生のシチュエーションにおいても、至福の一杯がその気分を分かち合い、いずれ人生の記憶として結晶化することだろう。そして、またいつか、その残された結晶をあらためながら、ゆったりとグラスを傾ける日が来るに違いない。
今宵は、ひとりで足を運ぶのがもっとも似合う……そんな珠玉の一軒の扉を開いてみた。