日比野克彦

インタビュー:日比野克彦

東京オリンピック・パラリンピックに向けた東京都のリーディングプロジェクトを手がけるアーティスト

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2020年に開催される『東京オリンピック・パラリンピック』。東京都は、2020年に向けて東京の魅力を高めるための文化事業を推進している。そのリーディングプロジェクトとして、野田秀樹が監修を務める『東京キャラバン』とともに進行しているプロジェクトが、いわゆる「障害者」など多種多様な人がアートを通じてつながる可能性に焦点を当てた『TURN(ターン)』だ。監修を手がけるアーティスト、日比野克彦に話を聞いた。

1980年代、ダンボールを用いた話題作で世に登場した日比野は、瞬く間に若者世代を中心とした熱狂的な支持を受け、商業施設や飲食店の内装、テレビ番組の美術や衣装制作など、多岐にわたる作品を手がけてきた。近年では、芸術祭などで多くの参加者とともに作品を作り上げる過程を楽しむプロジェクト型の作品を多く発表している。バブル期のただなかにあって、卓越した個性でおびただしい数の作品を生み出していた精力的かつ挑戦的な活動を思うと、いったいどのような心境の変化があったのかと考えずにはいられないだろう。

たとえば子どもが描いた絵とかもすごいなって、ていうのは日頃からあって

日比野は話す。「僕は何も変わってないんだけど、(オファーをする)メディアが世の中で変わってきてるから。店舗をやれば空間構成になるし、アドバタイジングをやれば広告物になるし、地方の行政とやれば芸術祭みたいになるし」。そうして、最近では、芸術祭ならではの、多くの人が参加するワークショップのようなプロジェクトが増えていったという。「(自分の作品が)フリーハンドで絵を描いたり、段ボールとか身近なものを使ったりで、もともと技術や素材というものが特別な経験を必要としていたり修行していたりというものではなくって。となると、たとえば子どもが描いた絵とかもすごいなって、ていうのは日頃からあって、自分じゃなくてはいけない理由があんまりないんですよ」と話す日比野は、他者であっても、その人らしさに価値を見出すため、より大勢で制作することで1人のときとは違った面白さが表れてくるのだという。

それゆえ、あえて参加者に対して指導や具体的なアドバイスをするということはない。しかしながら一方で、プロジェクトを進めるアーティストとして、もちろん必要なこともある。「百人百様の時間」があることを考え、「広い視野」や「先を見つめながら進めること」について意識しているという。「放っておけば、はじめのコンセプトなども忘れられ空中分解し、ばらばらぐちゃぐちゃになる。やっぱり最終的にまとめることはしないと、楽しかったけど今日なにやってたんだろう、となってしまう。でも、楽しかったうえにすごい物ができると、費やした時間が充実したものになって、次にまた参加したいな、自信がついたな、と。ほかのことをやっても前向きに取り組める」。プロジェクトの目的や動機、コンセプトを確認しつつ、最終的に作品の完成度を保証するのが、アーティストして介在する日比野の役目だ。

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絵の前に立つとき、たとえば音楽と違うのは、ライブ感

参加型のプロジェクトを数多く続ける理由は、ほかにもありそうだ。「絵の前に立つとき、たとえば音楽と違うのは、ライブ感。ミュージシャンはコンサートがライブ。絵の場合、描いてるときがライブかと言えばそのとき観客はいない」。観客がいるのがライブという意味では、展覧会がそれにあたるのだろう。しかしながら、そのとき、作者はそこにいない。「絵描きの場合、作者不在のときがライブ。これが、みんなでワークショップをやったりするもう1つの理由。リアクションしてくれる皆がそばにいる」。いい線が引けた、いい色が乗せられた、まさにその瞬間をともにすることができるのだ。

「けれどもたとえば500年前の絵でも、本物の絵の前に立てば、『(画家が)キャンバスの手の長さ分くらいのこっち側に立ってたんだな』、『右利きだからこう描いたんだろうな』、とか考えて、そこがライブになるわけ。絵描きのアトリエに潜入して、勝手に想像して楽しんで、そういう意味では絵の場合はずっとライブできる、とも言える」と、楽しそうに絵の良さを語る日比野からは、絵を描くことや描き手への想いが伝わってくる。眼前の作品だけではなく絵画制作の風景までを想像して「ライブ」を生々しく体感できるがゆえに、このアーティストは、同時によき鑑賞者でもあるのだろう。

明後日ぐらいを共有できるのがいいかな

他者である描き手に想いを巡らせ、何を描きたかったのか、どこを面白いと感じているのかを、人一倍分かりたいと思っている日比野だからこそ、これまで多くの人々が参加した数々のプロジェクトを成功させることができたのだろう。「基本的に人間は自分のことしか分からない、他者のことは推測するしかない。でも、分からないのが前提で、お互いに発信している『少しでも分かりたいよね』という気持ちが一瞬でも重なれば、それはその日の出会いはOKだと思うんですよね。基本的には分からない、自分とは違う、けれど少しでも知り合える部分とか、同じ物を目指してる部分を、分かったような気になればそれはそれでいいのかな。あとはもう自分の中で自分の世界を追い求めるしかないから」。

日比野のこの感覚は、『大地の芸術祭』で続けられている『明後日新聞社文化事業部』の基本理念に通ずる。「『明後日』という言葉が示すように、なんとなくなんだよね。今のことは分かる、明日もある程度まで見える、でも明後日になれば気分も変わってるかも。その、まだ見えないけどもうすぐ見えそうかなという、明後日ぐらいを共有できるのがいいんじゃないかな。たとえば親子と言えども他人だし、そんなに深く分かり合えるというのをあんまり求め過ぎちゃうと、違うかなと。そういう大前提で明後日的に物事に接する」と、日比野は言う。「なんて言うと、いい加減な人間みたい」と、おどけてみせるが、この鷹揚ながらも真剣な姿勢に、正しく「明後日」と名付けられたところに、多くの人々がこのアーティストに惹かれる理由の一端があるのかもしれない。

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様々な価値観を持った人が3日間共在している時空間

そんな日比野が今回「TURN」という言葉でとらえ、注目したのが障害のある人によるアートだ。それは決して、「絵画」や「彫刻」などといった、いわゆるアートの形をしている必要はない。日比野自身の言葉を借りるなら「障害者のみならず人間が本来もっている共通項」、「表現する力」、「鑑賞する心」のことだ。

プロジェクトの中核を担うイベント『TURNフェスティバル』では、幾人かのアーティストが障害者や高齢者などを対象とした福祉施設で交流し、その成果報告として展示やパフォーマンスを行う。しかしながら、そこで展示されるものは、アーティストの作品のみにとどまるものではなく、「その施設に作っている人がいればその人の作品も持ってくるし、たとえば歌を歌いたい人がいれば合唱もやったり」といった具合だ。そこでは、展示物がただ並んでいるというよりは、「アーティストや、施設の利用者、アートに興味のある人など、様々な価値観を持った人が3日間共在している時空間」を作り出すことを目標としているという。

もうこの空間時間は二度と戻ってこないから、この経験値をちゃんと身体化したい

日比野自身、実際にいくつかの障害者支援施設にてショートステイを経験した(障害児・障害者や高齢者が、一時的に福祉施設の入所支援を利用する福祉サービスにならって体験した)が、足を踏み入れるまでは「どんな海外よりも遠い世界だ」と感じていた。テレビの仕事などで、数々の辺境の地を旅していた日比野だが、様々な土地を訪れるたび、それが極限の地であればあるほど「なにか絵を描かなきゃ」という気持ちになるという。

「なぜ絵を描くのか。違った環境の中で自分がどういう反応するのか自分で確認したい。もうこの空間時間は二度と戻ってこないから、この経験値をちゃんと身体化したい。絵は目的でなくて、身体化する道具」。ある環境に置かれた自らの身体の状態を確かめるために、このアーティストは筆を動かしていく。「京都の『みずのき』という施設に行ったとき、2日目の朝に絵を描き始めて、体が普段と違う体になった。あの絵はもう描けない。ここで描けと言われても描けない」。そこでアーティストの筆を突き動かした衝撃とは、いったいどんなものだっただろう。

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本来のアートの持っている力を社会に認識してもらって機能させてゆきたい

障害者の施設の毎日って一見すると同じことが繰り返されているように見える。けれどもその微妙な違いをスタッフが予知したりしながら生活している。その時間の細かさ、大きなうねりのうねり方が全然違う」と、日比野は言う。その施設の中と外の「うねり」の違いを混ぜたいというのが、『TURN』の試みであるのかもしれない。

なによりも障害者や高齢者、社会的弱者と呼ばれる人の持つ力というのは絶対あるから、社会がどういかしていくか。熟成した社会だからこそ掬い出せる方法があると思うんだよね、それが世の中の価値を大きく変える。単に福祉的なことではなくて、産業的にであるとか、国を作る新しい文化になるということがあると思う」。

「アートの役割は、物ではなくて、表現する力、感動する鑑賞者の力。それがアートの根源。そこを共有したい。老人だろうが子どもだろうが、同じリンゴを描いてもそれぞれに全然異なる。お互いのズレを確認できるのがアートの力。本来のアートの持っている力を社会に認識してもらって機能させてゆきたい」。


『TURNフェスティバル』は2016年より、2020年まで毎年開催。第1回は来春3月、東京都美術館にて開催予定。

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