タイムアウト東京 > アート&カルチャー > 東京を創訳する > 第9回『鮨の謎 1ー築地と鮨ネタ』
テキスト:船曳建夫
外国の友人から、「東京で一番美味しい鮨屋に行きたいので教えてくれ」と聞かれる。そしていつも、こう答えるようにしている、「東京の鮨屋は、高いところに行ったらどこも美味しいよ」と。「高い」というのは、支払う金額がひとりあたり15,000円以上のことを指す。それ以下でも十二分に美味しい店はあるが、値段の高い店であれば築地の魚市場に行き、質の良い高価なネタを仕入れることができるので確実に美味い。逆をいえば、どの店も同じ食材を築地から手に入れるのだから味は値段相応、どこもさほど変わらないことになる。それでも人によって、どこが美味しいとかまずいとか言っているのはなにかといえば、自分のお気に入りの店を自慢しているだけで、贔屓の引き倒しみたいなものである。
では、鮨屋の職人の腕に差はないのかといえば、ある。握り鮨を出す前に出す、つまみにそれが発揮されたりする。しかし、市場に並んでいる魚を、包丁で刺身にすることで本来の味より美味しくするのは理論的に無理である。だから腕とは、美味しい食材をまずくしないかどうかという、マイナスを少なくするポイントにある。スポーツでいえば、思いっきり力を尽くす100メートル競走ではなく、なるべく失敗をしないようにするゴルフに似ている。だから、東京の鮨屋が美味しい謎は、築地のマーケットという日本最上にして最大の集積、配分のシステムがあるから美味しいのであり、逆にそのシステムがある限り、日本と世界における最高の地位は不変的なものとなる。