たくさんの「異ジャンル」のシャワーを浴びて
「歌舞伎では古典の上演が基本ですが、ここ数年、新作歌舞伎に出演する機会も増えてきました。なかでも僕が数多く参加させてもらっているのが、『システィーナ歌舞伎』。世界各国の美術品のレプリカを置いている大塚国際美術館の中に、システィーナ礼拝堂を原寸大で再現したホールがありまして、そこで毎年1回、歌舞伎を上演しているのですが、演目がほぼ新作なんです。これまでに僕はこの『システィーナ歌舞伎』で、女性のダンサーや現代劇の俳優さんなど、男性だけで演じる普段の歌舞伎とはまた違う出演者と一緒に、洋舞やフラメンコや歌など、それまでやったことのないものに挑戦してきました。そうした経験を積み重ねたからこそ、今、道が拓けているのだと思います」。
フラメンコにしろ洋舞にしろ、異なるジャンルを経験する際には、まず一から習い、練習を重ねて本番に臨むという壱太郎。
「せっかくよそのテリトリーを体験させてもらえるのですから、最初から『これはできません』とは言わず、100%そこに身を染めるつもりでいつも取り組んでいます。邦楽には西洋のようなカウントがないので、カウントで踊る洋舞は新鮮でした。また、フラメンコでの重心の落とし方には日本舞踊との共通点を感じましたし、先生が歌舞伎風の動きを取り入れ始めたときには、技術の交換の楽しさも感じました。とはいえ、何をやっても、染まりきらない自分というのは、数%残るんですね。染みついた日本舞踊の要素や、歌舞伎風の台詞回しといったものが、必ずどこかに出てしまう。でも、そこがむしろ面白い、と振付の先生に言っていただき、周りの方々に助けられながらなんとかやっています」。
『三代目、りちゃあど』は、壱太郎に加え、狂言師の茂山童司や元宝塚歌劇団男役トップスターの久世星佳など、日本、シンガポール、インドネシアからキャスト、スタッフが集まった国際共同製作。日本語、英語、インドネシア語の3ヶ国語が飛び交い、さらに現代的な音楽や照明、映像が重ねられる舞台は、壱太郎にとっても過去最大級に「異ジャンル尽くし」だったことだろう。
「オン・ケンセンさんは、歌舞伎なり狂言なり宝塚なり、アジアが育んできた伝統的な芸能を、現代的な視点と演出で見せることを考えている方。伝統的なものをやるだけなら生の伝統楽器で舞台を作ることもできたでしょうけれども、そうではなく、素材をたくさん集めて、そこで起こる衝突や融合を楽しんでいらっしゃる印象を受けました。僕自身も、ほかの皆さんから刺激をもらいましたね。インドネシアのキャストで、パペットを扱ったり伝統舞踊を踊ったりなさる方がいるのですが、その方も女の役をなさるので、手の動きがとてもきれいなんですよ。ある意味、京劇に似ていて、歌舞伎とも共通点がありました。パペットは文楽人形に通じるところがありますが、文楽が3Dなのに対してそのパペットは2Dというか平面的な作りなのも面白かったです。同じ日本でも、狂言と歌舞伎とでは動きが微妙に違うところがあるので、たとえば童司さんの足の運びなどを興味深く観察して。作品にもよりますが、同じすり足でも、歌舞伎は水面をすーっと歩くようなイメージでやることが多いのに対して、能楽は地面に押し込むようにするんです。このように、違いも共通点もありますが、能から歌舞伎になった演目は多いですから、歌舞伎の原点を知るような感覚がありました。様々な出演者が一緒に稽古場で作業をするうち、『アジア』という繋がりも見えてきた気がします。これから9月のシンガポール公演を経て、11~12月に東京で公演をするまでに、また多くの発見が生まれるのではないでしょうか」。