「このギターソロ長い」とか「イントロのギターいらない」とか(笑)
ー今回の帰国は2014年のジャパンツアー以来ですか。
そうですね。というのもイギリス、そしてヨーロッパから先行発売のワールドワイドアルバム『Strangers』を完成させることが第一の目標でした。作るだけじゃなくて、作品を伝えていくためのプロセスやチームワーク作りに集中するため今年は日本にほとんど帰らず。こんなに長く日本を留守にしたのは初めてですね。日本のオフィスでじっと待っていてくれたスタッフたちも不安だったと思うけど、今回のリリースが決まってようやく「ここまで来たか!」と一同ホッとしています。しかしこれはゴールではなく、あくまでスタートですが。
ー久々の日本で、ロンドン生活とのギャップを感じますか。
湿気がすごいね(笑)。30年以上東京にいたから東京が当たり前になっていたけど、ひとことで言えばこんなに便利なところはないですよね。それに比べればロンドンは、スーパーもバーも夜11時には閉まっちゃうし、Wi-Fiも遅いし不便といえば不便ですよね。日本では当たり前のことが、向こうでは当たり前ではない。
制作面でも日本ではスタッフがいつも用意周到な状態で待機してくれていて、僕はスタジオに入れば演奏するだけだったけど、向こうではすべて1人でやらなくてはいけない。
それが初めは大変だったし、もどかしい部分もあったけれど「自分でギター担いでどこに行くのも1人だけ」という生活が当たり前になってくると、不思議なもので、今度はこっちに帰ってくると便利すぎて逆にイライラしたり(笑)。ロンドンに移ってのこの3年間っていうのは、このアルバムに辿り着くまでに色々打たれた部分もあるけれど、実体験として色々なことを学び感じられたことがとても貴重な3年間だったと思う。
ー食生活は変わりましたか。
早くロンドンに戻って向こうのサンドイッチを食べたいよ(笑)。
ー日本食が恋しくなったりは?
まあ、美味しいうなぎとかスッポンとか、向こうにないものは食べたくなりますけどね。けど、僕、焼き肉が好きだったけれど、向こうのステーキに慣れてきてしまったらステーキの方が好きになったかな。20~30年前だったら、イギリスは食がまずい、って印象が結構あったけどね。食をカラフルに彩ったり、エンターテイメントする感覚はなかった。それがカリスマシェフのジェイミー・オリヴァーの出現から、学校の給食まで美味しくなったと言われています。英国料理だけではなくインド、スパニッシュ、チャイニーズ、日本食と各国の本格的な料理が選べますからね。楽しいですよ。
ーBOØWYの頃に行かれた時とは違いましたか。
あの頃は確かに、料理のすべてが茶色かった(笑)。たまに黄色いマスタードがある程度で。オーガニックの文化が根付いたのが大きいのではないかな?野菜も形は悪くても豊富な種類が並んでいますし、町並みにしても、とっても生き生きしている。ロンドンの特徴っていうのは、古いものと新しいものが共存しているところだけど、最近はどんどんモダンになっていますよ。
ーご家族で移住されても、特に問題はないと。
気候的にも、昔は太陽が出ている日が少なかったイメージがあるんだけど、今は毎日燦々としていて、湿気もなくてカラッとしていて夏がとっても気持ち良い。冬も比較的過ごしやすいし、イギリスは今最も快適に暮らせる場所のひとつなんじゃないかな(笑)。雨が多いという印象もありますけど、それでも一年の雨量は日本の半分くらいらしいですよ。
ーそれでは今年はことさら、日本の夏が辛く感じたのではないですか。
室内と外気の差がね。スタジオやタクシーもここまで冷やさなくていいんじゃない?って。ロンドンの家にはクーラーはないですし、そういう意味では生活全体が自然とともにある感じがしますね。不便なところもあるけれど「元々そういうもんだった」と最近は割り切って諦めています。
ー今回の新作『Strangers』ですが、これは国内で2014年に発売された前作『New Beginnings』をベースに新曲も多く収録された内容ということですが。
というよりは、『New Beginnings』はワールドリリースに向けた途中の作品のようなもので、3年前にロンドンに意気込んで移ったときに、さて自分は何を武器にして世界に挑んでいくかと考えた。初めは、日本人ならではの音楽を武器にするべきだと考えたんだ。ちょっとキッチュで未来感のある音楽とか、日本独特の音楽のあり方ってきっとあると思っていたし。しかし、音楽作りはもちろん大事だけど、それをいかに伝えるかということもとても大事。ロンドンの人々がどんなチームワークで音楽を作り、伝えていくのかを肌で実際に感じるには、まず自分をローカライズして現地のミュージシャンやプロデューサーとともに音楽を作るのが一番良いだろうと。
昨年日本でリリースされた『New Beginnings』という作品は、初めてプロデュースを英国のプロデューサーに委ねて、僕はまな板の鯉となることで、きっと自分では探せない、海外にアプローチするために必要な僕の魅力や方法がきっと見つかるという発想から作ったアルバム。これはジャパンオンリーのリリースだったんだけど、これができあがったとき、あちらのスタッフは「これでは物足りない」と。もっとワールドワイド向けにローカライズし、オーディエンスに響くものを足していくべきだと。しかし今回の『Strangers』は『New Beginnings』に足したり引いたりしたアルバムというよりも、ほとんど新しいアルバムを作っているという感覚でしたね。
ずっと向こうの連中とやっているうちに気づかされることも多いしね。
例えば、ギタリストとして一番強烈なのは「このギターソロ長い」とか、「イントロのギターいらない」とか(笑)。バサバサ切られるわけよ。日本では長いキャリアから制作スタッフ全員僕のことを信頼しまかせてくれる。きっと周りの人も「ソロが長い」とは言いづらいだろうしね(笑)。お山の大将になっていたとは思わないけど、どこか自分の良い部分も悪い部分も見落としがちになっていたかもしれない。そういった意味では、向こうのやり方に身を委ねた潔さっていうのは本当に良かったと思いますね。
ーゲストボーカルを迎えたものも、インストのものも両方の新曲がありあますね。
ギターを弾きながら英語の歌で勝負するのは無理だと思った。語学力が至らぬなかで自分の気持ちや思想を表現をしていくには相当な時間が必要だろうし、向こうは歌に限らず、テクニックを超えた音楽力がありますよね。悔しいかな、日本のミュージシャンよりも力がある。そんな中で、英語の歌という自分の拙い部分で勝負するより、自信のあるギターで勝負したい。しかし、僕はいわゆる技巧派のテクニックで唸らせるタイプのギタリストではないし、ギターのインストゥルメンタルでは、シネマティックで映像の見えてくるような音楽を目指している。
映画『キル・ビル』のテーマソングに起用された『Battle Without Honor or Humanity』や、『Strangers』に入っているインストゥルメンタルは、どの曲も聴く人に物語を連想させる音楽だと思う。しかし、より多くの人にアピールしていくときに、やっぱり歌が入っているものは必要だし、僕も好きだしね。逆に言うと、ギタリストに戻ったことで、コラボレーションするチャンスを新たに得たと思う。そんな中で、この曲は誰に頼もうと考えて、例えばイギー・ポップなんかは、ダメ元でオファーした潔さが彼に伝わったのかもしれない。ボーカリストの横でギターを弾く時の自分はまた違いますから、コラボレーションのおかげで、作家的な部分と、パフォーマーとしての魅力の両方を出せたんじゃないかな。
ーブレット・フォー・マイ・ヴァレンタインのマット・タックや、ラムシュタイン/エミグレイトのリヒャルトらを迎えることになった経緯は?
きっかけはレーベルのプロデューサーからの紹介です。僕の所属するスパインファームレコードは、かなりヘヴィーなジャンルを扱うレーベルで、僕のカラーとはちょっと違うんだけど、ただギターサウンドをメインとしたバンドが多いということでは、ポップなレーベルからヒットチャートを狙うよりは、僕に近いのかもしれない。とにかく彼らが一緒にやりたいと言ってくれたのはすごく大きなことで、レーベルのカラー云々よりもチームが目の前にいるっていうのは大きなことだし、彼らの得意な部分や彼らの意見を僕なりに解釈していけばいいと思った。 僕はラムシュタインをそれほど熱心に聴いていたわけではないけれど、かなりドギツい音楽集団だということは知っていました(笑)。リヒャルトとはモダンなギターミュージックにアプローチしたいということで感覚は一致していたので、スカイプミーティングとデータのやり取りでスムースに進行しました。彼はすごく紳士的でクレバーで気持ちのいい人。なによりお互いギタリストということで作業は早かったです。以前と比べ今は世界が近いというか、データやスカイプなどで、コラボレーション作業は格段とやりやすくなりましたよね。
ーずっとバンドサウンドや、スタジオセッションでやってこられて、生の経験が豊富な場合、そうしたデータのやりとりで作り上げていくことに対して、クオリティの面で不満な点が出てこないですか。
いや、僕はソロの1作目『Guitarhythm』からテクノロジーや、新しい形のギターミュージックに対してはかなり貪欲だったので、そういう抵抗はないです。けれど、逆にここまでテクノロジーが当たり前になってくると、当たり前のものとして使ってはいけないという気もします。コミュニケーション、人と人との繋がりはどんな時も大切にしたい。イギーの2曲は、マイアミまで歌をレコーディングしに行きました。マット・タックともスタジオでお互いギターを片手に向き合ってセッションしましたね。